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第56話 血の上書きと骨の軋み


 薄れゆく意識の中で、俺はただ、チューブから伝わる息子の体温だけを感じていた。


 ドクン、ドクンと、俺の命が削られ、翔太へと注ぎ込まれていく。


「シ、システムのエラー表示が……消えていく……!?」


 神崎の裏返った声が、遠くの方で聞こえた。


「信じられない。デジタルで作られた完璧なプロテクトが、ただのアナログな生体データ……血のDNAのゴリ押しで書き換えられていくなんて…ッ!」


 ビーッ! と鳴り響いていたけたたましい警告音が、ふっと鳴り止む。


 代わりに聞こえてきたのは、手術台の上から響く、異様な音だった。


 メキッ……ミシッ……。


 それは、骨が軋む音だった。




「あなた、見て! 翔太の……翔太の顔が!」


 由美が俺の体を支えながら、震える声で叫んだ。


 重い瞼をこじ開けて手術台を見上げると、信じられない光景が広がっていた。


 十二歳のまま時間が止まっていた翔太の首が、高熱を発しながら急激に変化していく。


 Sランクの肉体が持つ異常な細胞分裂のスピードと、俺の血が運ぶ過剰な栄養。


 それが十二歳の頭部を一気に『現在の肉体』の年齢へと強制的に成長させているのだ。


 ミシミシと頭蓋骨が軋みを上げ、幼かった輪郭が鋭く引き締まっていく。


 声変わりすらしていなかった喉仏が隆起し、真っ白だった肌が、スラムの空気を吸い込んだような大人の男の厚みを持った皮膚へと変わる。


「すげえ……。こいつが、アリスのSランクボディの本当の力か……」


 源寺が血まみれのスパナを落とし、呆然と呟いた。


 細胞が悲鳴を上げるような急成長。それがどれほどの激痛を伴うものか、俺には想像もつかない。


 だが、翔太の頭は生きるために、強引にその形を二十歳の肉体へと合わせようとしていた。


 やがて――骨の軋む音が止んだ。


 もうもうと立ち昇っていた熱気が引いた後、手術台の上に横たわっていたのは、紛れもない『二十歳の翔太』だった。


 先ほどまで俺たちと殴り合い、機械の頭部を乗せていたあの憎きAI・シオンの姿ではない。


 俺たちの血が通い、俺たちのDNAで上書きされた、本物の息子だ。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 翔太の胸が、ゆっくりと、だが力強く上下し始めた。


 繋がれたばかりの首の傷跡は、すでにSランクの治癒力で生々しく塞がりかけている。




「……やったわ。あなた!私たち……取り戻したのよ」


 由美の涙が、俺の頬にポタポタと落ちてきた。


「ああ……」


 かすれた声しか出なかった。


 俺は、翔太の太くなった手を握りしめたまま、ゆっくりと目を閉じた。


 限界だった。


 体中の血が抜けきり、冷え切った指先から感覚が消えていく。


(起きろよ、翔太……。次はお前が、俺たちを呼ぶ番だ……)


 泥のような暗闇に落ちていく中で、俺は最後に、息子の確かな鼓動を聞いていた。





続く


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