第55話 偽物の首の切断と親父の血
薄暗い手術台の上で、二十歳の肉体が静かに呼吸を繰り返している。
源寺が、血と泥に汚れた手で、火花を散らす小型のレーザーカッターを握りしめた。
「鉄。今からこのポンコツの頭を切り離す。脳からの信号が途絶えた瞬間から、この身体の臓器は急速に死に始めるぞ」
源寺の鋭い目が、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「新しい首の血管と神経を繋ぎ終えるまでのタイムリミットは、もって五分だ。それ以上かかれば、肉体が完全に腐る。……覚悟はいいな」
「ああ。やれ」
俺が頷いた瞬間、源寺は迷いなくレーザーカッターを息子の首筋――人工皮膚と機械の境目へと押し当てた。
ジジジジッ! と肉の焦げる嫌な臭いと、火花が散る。
ガコンッ、と鈍い音を立てて、青白い光を失った無機質な『機械の頭部』が床へと転がり落ちた。
「急げッ!」
源寺が、冷凍カプセルから取り出していた十二歳の翔太の首を、すかさず切断面へと押し当てる。数ミリのズレも許されない神経と血管の縫合。
源寺の太い指先が、スラムの職人の意地を見せつけるように、信じられないほどの精密さで動いていく。
「神崎! システムの同調を始めろ!」
持ち込んだ泥まみれの端末にケーブルを繋いだ神崎が、狂ったようにキーボードを叩き始めた。
「ふざけるな、アリスのクソ共が……! 私が組んだ完璧なプロテクトだ、私の手で一瞬で破ってやる!」
エリートのドス黒い執念が、かつて自分が心血を注いで作り上げた防衛システムを次々と食い破っていく。
だが――首と胴体が縫合され、神崎がエンターキーを叩き割るように押し込んだ、その瞬間だった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
アジトに、鼓膜を裂くような赤いエラー音が鳴り響いた。
手術台の上の肉体が、見えない電流を流されたように激しい痙攣を起こして跳ね上がる。
「シ、システムが新しい脳を『完全な異物』として認識した! Sランクの免疫機能が、翔太の脳細胞を攻撃し始めてる!」
神崎が顔面を蒼白にして叫んだ。
「ダメだ、デジタルの書き換えが追いつかない! 物理的に『こいつは異物じゃない』って肉体に誤認させる、強烈なアナログの生体データが必要だ……ッ!」
「……だったら、これを使え」
俺は、泥と自分の血にまみれた右腕をまくり上げ、源寺の前に突き出した。
「鉄……お前、そのボロボロの体で直結の輸血なんてやったら、ショックで死ぬぞ!」
「いいから一番太い針を刺せッ!」
俺は源寺の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「俺の血だ。親父のDNAを致死量まで叩き込めば、そのポンコツのシステムも『家族』だと認識するだろ!」
「……クソったれが!」
源寺が悪態をつきながら、俺の静脈に太いチューブを突き刺した。反対側の針が、翔太の首筋の太い血管に深々とねじ込まれる。
ドクン、ドクン。
俺の体から、黒ずんだ親父の赤い血が、透き通るような完璧な肉体へと無理やり流れ込んでいく。
「鉄さん……っ!」
由美が悲鳴のような声を上げ、膝から崩れ落ちそうになる俺の体を必死に抱きとめた。
目の前が真っ暗になり、折れた肋骨の痛みすら遠のいていく。
全身の熱が、チューブを伝って息子へと吸い取られていくのがわかった。
(全部持っていけ、翔太……。機械なんかに、絶対に負けるな……)
薄れゆく意識の中で、俺は、激しく痙攣する息子の冷たい手を、ただ強く、強く握りしめた。
続く




