第50話 機能を断て、命は繋げ
「源寺! 叩き割れ! 首を外すんじゃねえぞ、中の基板だけをぶっ壊せ!」
俺は、暴れ狂う息子の体を押さえつけながら怒鳴った。
今ここでこの『機械の頭部』を切り離せば、首から下の生命維持が止まる。
俺たちの翔太が、ただの死体に成り下がる。それだけは、何があっても避けなきゃならねえ。
「分かってらあッ!」
源寺が巨大なスパナを逆手に握り直し、俺の腕の隙間から無機質なドームへと狙いを定めた。
「やめて! シオンを、私たちのシオンを壊さないで!」
AIの母親が、なりふり構わず俺たちに掴みかかろうとする。
「どいてろ、偽物ッ!」
源寺が空いた手で、AIの妻を突き飛ばした。
「今だッ……!」
俺たちが息子の体を押さえつけるのに気を取られた一瞬の隙。
由美に背後から羽交い締めにされ、盾として立たされていた神崎が動いた。
強引に後頭部を振り仰ぎ、背中へ体重をかけて由美の拘束から強引に抜け出そうと暴れ出したのだ。
「動くなと言ったはずよ」
氷のように冷たい由美の声が響いた。
裏社会を生き抜いた女の反射神経は、エリートの悪あがきよりずっと早い。
由美は神崎の膝裏を軍靴で容赦なく蹴り抜き、体勢を崩して無理やり膝をつかせた。
そして怯んだ直後、握っていた軍用短刀の分厚い柄を、エリートの側頭部へ全力で振り下ろした。
「ごばッ……」
白目を剥き、神崎が糸の切れた人形のように大理石の床へ崩れ落ちる。
その直後、源寺のスパナが空気を切り裂いて振り下ろされた。
ガチンッ!!
火花が散り、青白い光を放っていたセンサーが派手に弾け飛ぶ。
「ガ、ガギッ……シ……システム、異常……」
機械の頭部からノイズが漏れる。源寺は構わず、もう一度、さらに正確に中央の制御ユニットを叩き潰した。
バヂヂッ! と激しいショートの音がして、頭部を覆っていた電子の光が、ふっと消えた。
俺を跳ね飛ばそうとしていた強靭な肉体から、一気に力が抜ける。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
俺の腕の中で、二十歳になった息子の体が、静かにぐったりと横たわった。
死んでねえ。微かに、でも確実に、胸が上下して呼吸を刻んでいる。
「鉄、急ぐぞ。外されたセンサーの異常信号で、すぐに警備の連中がここへ押し寄せてくる」
源寺が、気絶した神崎の襟首を掴み、荷物のように肩に担ぎ上げた。
「……ああ」
俺は、泥と血に汚れた手で、温かい息子の体を抱き上げた。
十二歳の時よりも、ずっと重い。腕の中に伝わる心臓の鼓動が、俺の全身を突き動かす。
「由美、行くぞ」
俺は、神崎の血がついたナイフを払う由美に声をかけた。
最上階の豪華なリビングを後にし、俺たちは血と硝煙の匂いが漂う通路へと足を踏み出した。
ここからが本当の地獄だ。この『重たい命』を抱えて、俺たちはスラムの底、源寺の家まで辿り着かなきゃならねえ。
続く




