第45話 偽りの家族の温もりと、親を拒絶する愛しき肉体
冷たい金属の扉が左右に開き、眩い光が俺たちを包み込んだ。
だが、そこに広がっていたのは、血生臭い手術室でも無機質な執務室でもなかった。
まるで高級ホテルの最上階のような、暖かな間接照明と上質な家具が並ぶ、広々とした美しい『リビング』だった。
「……何だ、ここは?」
源寺が血まみれのスパナを下げたまま、呆然と呟く。
部屋の奥にある白いソファには、政府指定の高級な衣服を身に纏った、美しい男女のAI市民が寄り添うように座っていた。
人間と見紛うほどの精巧な人工皮膚。
だがその瞳の奥には、無機質な機械の光が宿っている。
そして、その二人のAIを庇うように、俺たちの前に一人の青年が立ち塞がった。
均整の取れた逞しい、二十歳前後の身体。
その首から上には人間の頭ではなく、青白いセンサーが幾つも点滅する無機質な『機械の頭部』がすげ替えられている。
「……翔太?」
由美が、血の気が引いた唇から掠れた声を漏らす。
間違いない。大きく成長してはいるが、服の上からでも分かる俺譲りの骨格。
そして何より、機械の頭部と肉体を繋ぐ首元――少しはだけた純白の軍服の襟元からチラリと見えた、鎖骨にある小さな星形の痣。
あの日、すれ違った時に微かな風が運んできたのと同じ、俺たちの息子の匂いがした。
十二歳で奪われた俺たちの息子が、七年の歳月を経て立派に成長した『体』がそこにあった。
「あなたたちは誰だ。どうしてここに?」
青年の機械の頭部から、合成された声が響いた。冷酷さはない。ただ純粋に、背後のAI夫婦を心配し、警戒する声だった。
「翔太……お前、なのか? 俺たちが、分かるか?」
俺が一歩前に出ようとした瞬間、青年は鋭く左肩を前に出し、腰を落として防御の構えをとった。
その滑らかで無駄のない動きを見た瞬間、俺の心臓は鷲掴みにされたように凍りついた。
スラムのならず者に絡まれた時、どうやって身を守るか。
あいつがまだ小さかった頃に、俺がこの手で何度も叩き込んだ『喧嘩の構え』と、全く同じだったのだ。
「……お父さん、お母さん。下がっていて。僕が二人を守るから」
青年は背後のAI夫婦を振り返り、愛情に満ちた声でそう言った。
「気をつけてね……私たちの、大切な息子」
脳はすげ替えられ、彼らとしての『記憶』はAIの頭脳に書き込まれているはずだ。
だが、七年間、彼らに我が子として愛され、抱きしめられ、共に生きてきたその『肉体』は、染み付いた筋肉の反射で、俺の教えた構えを使い、俺たちから『新しい家族』を守ろうとしている。
「嘘でしょ……」
由美の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
逆手に握っていた軍用短刀の切っ先が、カタカタと力なく震えている。
怒りをぶつけるべき相手がいない。
国や制度という化け物が生み出した、あまりにも残酷な『家族の形』。
記憶は脳にあるのか、それとも肉体に宿るのか。
「……翔太」
俺は親父から受け継いだ丸鋸の電源を落とし、ただ呆然と、愛しき息子の体を見つめることしかできなかった。
続く




