第43話 狂犬の刃が外道の喉元に迫り最上層への道が開く
「……ひ、ひぃぃッ!」
白衣を着た研究員の一人が、腰を抜かして青白い床にへたり込んだ。
由美は血に濡れた軍用の短刀を逆手に持ったまま、ゆっくりとその男に歩み寄る。
黒い皮のコートが、死神の足音のように不気味に軋んだ。
逃げようとする男の胸ぐらを片手で乱暴に掴み上げ、喉仏のすぐ横に、血の滴る冷たい刃先をピタリと当てる。
「神崎はどこ? 翔太はどこにいるの?」
地獄の底から響くような、感情の抜け落ちた声だった。
「し、知らない! 私はただ命じられて、この部品の管理をしていただけで……」
男が震える声で言い訳をした瞬間。
由美の手首が躊躇なく数ミリ動き、男の首筋から一筋の赤い線がツツーッと流れ落ちた。
「ヒッ……!!」
「嘘ね。ここを管理してるなら、上の階へ『部品』を運ぶための直通の道を知っているはずよ」
由美は男の顔に自分の顔を近づけ、氷のように冷たい瞳で男の目を真っ直ぐに射抜いた。
「……三秒だけ待ってあげる。言わなければ、あんたもこの筒の中の子供たちと同じように、首から下だけの姿にしてあげるわ」
「一。二。…」
「あ、あそこの奥だァッ!!」
由美の目が本気であること、この女は一切の躊躇なく自分の首を掻き切る気だということを本能で悟り、男は涙と鼻水を流しながら絶叫した。
「培養槽の裏にある隠し扉の奥に、最上階の『手術室』へ繋がる専用の昇降機がある! 暗証番号は、0・4・1・9だ! た、頼む、殺さないでくれ!」
「……最初からそう言えばいいのよ」
必要な情報を引き出した由美は、汚いゴミでも捨てるように男を床へ突き飛ばした。
残りの研究員たちも、壁際でガタガタと震えている。俺と源寺は、丸鋸とスパナを下げたまま、静かにその様子を見届けていた。
「あなた、源寺さん。行くわよ」
由美が短刀の血糊をコートの裾で拭い、振り返る。
その背後には、首のない子供たちの体が浮かぶ無数の筒が、悲しげに青白い光を放っていた。
「……ああ。待ってろ翔太、今すぐ助けに行く」
俺は子供たちの無念に深く一度だけ頭を下げ、由美が切り開いた『最上階への道』へと向かって、重い足を踏み出した。
神崎の待つ手術室まで、もう一本の扉を残すのみだ。
続く




