第42話 狂犬は血に染まった新たな牙を剥く
煙の充満する細い階段を、俺たちは無言で駆け上がった。
折れた肋骨が悲鳴を上げ、肺が焼け付くように痛むが、立ち止まる選択肢はねえ。
案内人の男が、愛する娘への思いと共に開いてくれた重い鉄の扉。俺と源寺は、その突き当たりにある分厚い扉を力任せに蹴り破った。
「……ここは、なんだ」
扉の向こうに広がっていたのは、鼻を突くような強い薬の臭いが充満する、巨大な実験の部屋だった。
青白い照明の下、無数の巨大な硝子の筒が立ち並んでいる。
その中を覗き込んだ源寺が、血の気を失い、言葉を詰まらせた。
「嘘だろ……神崎の野郎、こんなことまで……」
濁った水の中に浮かんでいたのは、大人の体ではない。
十歳前後の、幼い少年と少女の体。
それも、首から上のない、小さな体だけの『部品』が無数に並べられていたのだ。
底辺の街からさらわれた身寄りのない子供たちか。
翔太と同じように、脳髄だけを抜き取られ、残された体は機械と繋ぐための実験道具として使い捨てられている。
もし俺たちが遅ければ、翔太もこの気味の悪い筒の中で、同じように首のない姿にされていたのだ。
その事実を理解した瞬間、俺の頭の中で何かがブチッと千切れる音がした。
奥の扉から、白衣を着た男たちと、護衛の兵士が数名飛び出してきた。
「侵入者だ! なぜ下層のネズミがここに!?」
兵士の一人が小銃を構えようとした、その瞬間。
――ヒュッ。
黒い皮のコートが風を切り、由美が音もなく兵士の懐へ滑り込んだ。
その瞳は、怒りという言葉すら生ぬるい、絶対的な殺意に染まりきっている。
由美は兵士が引き金を引くより早く、その手首を掴んで力任せに捻り上げ、兵士の腰の鞘から軍用の短刀を抜き取った。
「ぐあっ!」
悲鳴を上げる間もなく、由美はその短刀を逆手に持ち、迷いなく兵士の首元の隙間へ深々と突き立てた。鮮血が青白い床に飛び散る。
「……許さない」
返り血を浴びた由美が、奪い取った刃渡り二十センチの短刀を握りしめ、地獄の底から響くような声で呟いた。
「神崎だけは……私が必ず、一番惨めな方法で肉片にしてやる」
残された兵士と白衣の男たちが、得体の知れない恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。
「由美さんにばっかり、いい格好はさせねえぜ!」
源寺が血濡れた鉄のスパナを振り被り、俺も親父の怒りの全てを込めて丸鋸の電源を力強く押し込んだ。
子供たちの命を使い捨てる、悪魔の部屋。
俺たちは、筒の中に浮かぶ無数の無念を背負い、目の前の外道どもを一人残らず解体するために、再び地獄の雄叫びを上げた。
続く




