第41話 名もなき親父が命と引き換えに明日への扉を開く
音響と共に、猛烈な爆炎と白煙が中層区画を飲み込んだ。
由美の放った最後の一発が、壁の太いガス管を正確に貫いたのだ。
「いけえええッ!!」
俺と源寺は、立ち昇る火柱を突き抜けて敵陣のど真ん中へ躍り出た。
兵士たちの被る最新鋭の暗視眼鏡は、突然の高熱と濃い煙の前では完全に機能不全に陥り、ただの目隠しと化していた。
「クソッー!目が見えねえ! 撃て、撃ちまくれ!」
盲目的に小銃を乱射する兵士たちの懐へ、源寺が地を這うような低い姿勢で潜り込む。
「機械に頼りすぎたな、上層の番犬ども!」
源寺の振り抜いた巨大な鉄のスパナが、兵士の銃身を真っ二つにへし折り、そのまま顎を粉砕する。
怯んだ隙を見逃さず、俺は丸鋸を唸らせて死角から飛び込んだ。
「おおおおッ!」
血と油と泥に塗れた職人の意地が、分厚い防刃服ごと敵の胴体を斬り裂く。
音と気配だけを頼りに、俺たちは次々と完全武装の兵士たちを血の海に沈めていった。
だがその時、天井の拡声器から神崎の忌々しい声が響いた。
『……役立たずのゴミ共め。もういい、区画ごと焼き払え』
次の瞬間、分厚い鋼鉄の防火扉が周囲を完全に封鎖し、壁の隙間から高熱の焼却用ガスが噴き出し始めた。
「なっ……神崎様!? 俺たちも見殺しにする気ですか!?」
生き残っていた兵士たちが絶望の叫びを上げる。
神崎は、敵味方関係なく、この部屋にいる全員を灰にする気なのだ。
逃げ場のない灼熱の密室。呼吸すら苦しくなる中、床に伏せていたあの案内人の男が、よろめきながら立ち上がった。
「俺が……俺がなんとかする!」
男は炎の中を走り、壁の奥にあった旧式の『手動式非常扉』の重い回転手回しを、血の滲む手で力任せに回し始めた。
「やめろ! 開けたら上の階に火が回る!」
錯乱した兵士の一人が、男の背中に向けて小銃の引き金を引いた。
銃声。男の背中から鮮血が舞う。
「……ぐあっ!」
それでも男は倒れず、血を吐きながら最後の力で鉄の扉を押し開けた。そこには、上へと続く暗く細い階段があった。
「……行けッ! あんたたちは、息子さんを……」
崩れ落ちる男を、俺は間一髪で抱きとめた。
「おい! しっかりしろ!」
男は俺の煤まみれの顔を見て、安堵したように微かに笑った。
「……アンナに、約束の果物を……」
それが、名もなき親父の最後の言葉だった。
「……ああ。必ず届けてやる」
俺は男の目を静かに閉じさせ、血に染まった丸鋸を握り直して立ち上がった。
「あなた……行くわよ」
炎を背に立つ由美の瞳は、一切の感情を捨てた冷酷な狂犬のそれに戻っていた。
源寺もまた、血濡れたスパナを肩に担いで階段を見上げている。
俺たちは無言で頷き合い、煙の立ち昇る階段を一気に駆け上がった。
続く




