第4話 路地裏のジャンク屋
深夜2時。
町屋の路地裏には、重たい雨が降り始めていた。
雨音に混じって、遠くの首都高速を走る自動運転トラックの走行音が、獣の唸り声のように聞こえる。
「……本当に行くの?」
玄関先で、由美が不安げな声を上げる。
俺は作業用のツナギの上に、古びたオイルドジャケットを羽織り、足元は安全靴で固めていた。
手には、翔太の勉強机から持ち出したタブレット端末と、例の「黒塗りの書類」。そして、さっき踏み潰した俺のスマートグラスの残骸。
「あいつのタブレットは、ロックがかかってて開かねえ。政府のやつらが遠隔でロックしたんだろう。俺みたいな機械オンチじゃ手も足も出ねえ」
「だからって、あの人に頼むなんて……危ないわ」
「危ない橋を渡らなきゃ、泥棒の尻尾は掴めねえよ」
俺は由美の肩をポンと叩き、傘もささずに雨の中へ飛び出した。
目指す場所は、工場の裏手にあるスラム街。通称「墓場」。
再開発から完全に見捨てられ、廃棄された家電や旧式のロボットが不法投棄されているエリアだ。
腐った生ゴミと、焦げた配線の匂いが鼻をつく。
俺はトタン板で囲われた一軒のボロ屋の前に立ち、錆びついたドアをドカドカと蹴りつけた。
「おい! 起きてんだろ、ゲン!」
数秒の沈黙の後、ドアの向こうからしわがれた声と、電子音が漏れてきた。
「……こんな時間にドアを蹴るバカは、借金取りか、石神の鉄しかいねえよ」
ドアが軋みながら開き、線香の煙と共に、猫背の男が顔を出した。
源寺。
俺とは小学校からの腐れ縁だ。昔から機械いじりだけは天才的で、今はここで違法な改造チップや、裏ルートのデータを扱って生計を立てている「ジャンク屋」だ。
「よお、久しぶりだな。今日は印刷の話じゃなさそうだな」
源寺は俺の殺気だった目を見て、ヘラリと笑った。
俺は無言で部屋に入り込み、濡れたままのタブレットと、黒塗りの書類を作業机に叩きつけた。
「こいつのロックを解除しろ。それと、この書類の『黒塗り』の下を透かしてくれ」
「おいおい、いきなりかよ。このタブレット……政府の『保護プロテクト』がかかってやがる。お前のガキのか?」
「ああ……翔太は、死んだことにされた」
俺は短く、事実だけを伝えた。
首だけが帰ってきたこと。体が資源にされたこと。
源寺の目が、スッと細められた。ヘラヘラした笑いが消え、職人の目になる。
「……ニュースでやってる『資源回収』か。まさか、お前のところが当たるとはな」
源寺は何も言わず、タブレットを複数のケーブルに繋いだ。
モニターに猛スピードで文字列が走り始める。
「鉄、お前が印刷屋でよかったよ」
「あ?」
「インクの匂いは消せねえってことだ。デジタルデータは完全に消去できても、物理的な痕跡は残る」
源寺がキーボードを叩く。
バチバチッという音と共に、タブレットの画面が一瞬赤く発光し、そして――ロック画面が解除された。
「開いたぞ。中身を見る勇気はあるか?」
俺は唾を飲み込み、画面を覗き込んだ。
そこには、誘拐される直前の、翔太のSNSのメッセージ履歴が表示されていた。
相手の名前は『不明』。
だが、その内容は俺の血を逆流させるには十分だった。
『君の体は素晴らしい。特に遺伝子ランクがSだ』
『君の両親の工場、借金があるよね?』
『僕たちのところに来れば、全部解決するよ。痛くない。夢を見ている間に終わる』
「……なんだこれは?」
震える声が出た。
翔太は、誘拐されたんじゃない。
工場の借金を返すために、自分から……?
「いや、違うな」
源寺が冷たく言った。
モニターを指差す。
「このメッセージの送信元、逆探知したぞ。プロキシを何重にも通してるが、俺の目は誤魔化せねえ」
画面上の地図に、赤い点が灯る。
それは荒川の薄汚い下町ではなく、東京湾に浮かぶ、光り輝く人工島エリアを指していた。
「『港区・ネオ台場』。上級国民様と、高級AIがお住まいの天国だ」
「そこに、翔太の体があるのか」
「ああ。しかも、このIPアドレス……ただの個人じゃねえ。『アフロディーテ・クリニック』。富裕層向けの、最先端の不妊治療センターだ」
点と点が、線で繋がった。
俺の中で、怒りの炎が青白く燃え上がる。
借金をネタに子供を騙し、体だけを奪って、金持ちのAIに売り飛ばした。
それが、この国のやり方か。
「場所は割れた。……行くぞ」
俺はタブレットをひったくるように掴んだ。
源寺が呆れたようにタバコに火をつける。
「おいおい、まさか正面から殴り込む気か? あそこは要塞だぞ。警備ドローンがウジャウジャいる」
「知るか。俺はインク屋だ。汚れ仕事なら慣れてる」
俺はドアを蹴り開け、再び雨の中へと足を踏み出した。
ネオ台場。
待ってろよ、泥棒ども。
その綺麗な白い街を、俺の怒りで真っ黒に染めてやる。
続く




