第39話 震える案内人と階層の隙間に潜む親父の悲哀
地下の終着駅は、静まり返っていた。
辺りには四体の機械兵だった鉄屑が転がり、焦げたオイルの臭いが鼻を突く。鉄は折れた肋骨を庇いながら、荒い息を吐き出した。
「……源寺、まだ動けるか?」
「あー、当たり前だろ。だが、接着剤のボンベは空だ。次は別の手を用意しねえとな」
源寺が顔の煤を拭ったその時、積み上げられたコンテナの陰で、ガタガタと何かが震える音がした。
由美が音もなく黒い皮のコートを翻し、そちらへ向けて拳銃の銃口を突き付ける。
「出てきなさい。……次、音を立てたら撃つわよ」
這い出してきたのは、アリスのロゴが入った作業服を着た、痩せ細った中年男だった。
手には点検用の端末を握りしめているが、恐怖で腰が抜けている。
「ひ、ひぃっ! 助けてくれ! 私はただの荷役の作業員だ、何も知らないんだ!」
由美は冷たい目で男を見下ろし、ドスの効いた声で言い放った。
「なら、道案内をしなさい。神崎がいる最上層へ最短で行ける、警備の手薄な道を。……嘘ついたら、その頭をブチ抜くわよ」
男は震えながら、泣き出しそうな顔で俺たちを見た。
「無理だ……そんなことをしたら、私はクビになる。アリスに逆らえば、スラムに放り出されて、家に残した娘が飢えて死んじまう!」
その言葉に、俺は丸鋸を握る手を止めた。
娘。……家族。
この男もまた、俺たちと同じように、大切な誰かを守るために、このクソッタレな企業の歯車になっていたのだ。
「あんた……娘さんがいるのか?」
俺が声をかけると、男は地面に額を擦り付けるようにして頷いた。
「来週で五歳になるんです……。誕生日には、本物の果物を食べさせてやると約束したんだ。だから、死ぬわけにはいかない……!」
由美の銃口が、微かに揺れた。
彼女の脳裏にも、まだ幼かった頃の翔太の笑顔が浮かんだのだろう。皮のコートの軋む音が、どこか寂しく響いた。
「…鉄さん…」
由美が俺を見た。
俺は男に歩み寄り、煤まみれの大きな手で、男の肩をそっと叩いた。
「安心しろ。あんたの命も、娘さんの約束も、俺たちが壊したりはしねえ。……だがな、俺たちの息子も、今アリスの野郎どもに殺されかけてるんだ。親父なら、俺の気持ちが分かるだろ?」
男は顔を上げ、俺の血と油に汚れた手を見た。
そこには、長年スラムで生きてきた職人の、固く分厚いマメがあった。
「あんたも……職人なのか?」
「ああ、しがねえ印刷屋だ。……頼む。道を知ってるなら教えてくれ」
男はしばらくの間、葛藤するように拳を握りしめていたが、やがて覚悟を決めたように立ち上がった。
「……地下の排気ダクトを抜ければ、中層の管理区画まで警備を通らずに行ける。そこから先は、私が暗証番号を打ち込む。……その代わり、生きて帰ってくれ」
俺たちは無言で頷いた。
アリスという巨大な鉄の城のどこかに、俺たちと同じように震えながら、それでも生きようとする誰かがいる。
震える案内人を連れて、俺たちは暗く深い排気ダクトの中へと、再び足を踏み入れた。
続く




