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第35話 生体部品と化す息子


 由美が命がけで奪ってきた通信基盤を組み込み、源寺が徹夜でハンダゴテを握り続けて半日が過ぎた。  


 鉛のシェルターに、不快な電子音とノイズが響き渡る。


「……繋がったぞ。アリス本社の、上層部の暗号通信だ」  


 血走った右目で計器を睨みながら、源寺がスイッチを切り替えた。  


 ザザッ、という酷い雑音の奥から、俺たちの人生を狂わせたあの冷酷な男―神崎の氷のような声が、シェルターの暗闇に流れ込んできた。


『――ええ、スラムでの実戦データは完璧です。あの機体(翔太)の戦闘能力は、我々の想定を遥かに超えていました』  


 神崎が、アリスの重役たちに向けて報告しているらしい。


『ですが、致命的な欠陥が一つ。……奴の脳髄には、まだ微かに「親の記憶」という不要な感情(バグ)が残っており、それが動作に躊躇を生ませています』


 俺と由美は、息を殺してスピーカーを睨みつけた。  


 翔太が俺に刃を振り下ろせなかったあの瞬間を、奴らは『バグ』と呼んだのだ。


『よって、次の段階(フェーズ)に移行します。あの機体の四肢を解体し、生身の脳髄のみを摘出。残っている過去の記憶を完全に消去(初期化)した上で、次期量産型機械兵を統括する「中枢生体脳」として培養液に沈めます。……一個の脳髄で、千の機械兵を制御する完璧な中枢機構の完成です』



「……なんだと?」  


 俺は耳を疑い、無意識に丸鋸(まるのこ)の柄を握りしめた。  


 四肢を解体し、脳髄だけを抉り出して、記憶を全て消し去る。それはつまり、人間の男の子としての『翔太』が、完全にこの世から消滅することを意味していた。


『解体および記憶の完全消去は、七十二時間後に本社の地下深層にて執り行います。それまでに、スラムに逃げ込んだあの鼠共(両親)の死体を用意しておきますよ』


 プツン、と無機質な音を立てて通信が切れた。  


 再び静寂が戻ったシェルターの中で、源寺が重い沈黙を破った。


「……聞いたかよ。アリスの野郎ども、翔太をただの部品(パーツ)にする気だ。猶予はたったの三日……七十二時間しかねえぞ」


 俺は壁を力任せに殴りつけた。折れた肋骨が悲鳴を上げたが、そんな痛みはどうでもよかった。  


 怒りで視界が真っ赤に染まり、奥歯が砕けるほど噛み締める。


「……クソッ!」  


 俺の隣で、由美が静かに立ち上がった。  


 その瞳には、かつてスラムの底辺を震え上がらせたあの『狂犬』の冷たい殺気が満ちていた。


 彼女は懐からあの錆びた回転式拳銃(リボルバー)を取り出し、カチャリと冷たい音を立てて弾倉を確認する。


「脳髄を抉り出す? 記憶を消す? ……ふざけるな。私の息子に指一本でも触れてみろ。アリス本社の重役共、一人残らずその首を刎(は)ねてやる」


 親の愛をバグと呼び、命を部品として扱う巨大な悪意。  


 だが奴らは知らない。全てを奪われた初老の職人と、牙を剥いた母親の執念が、どれほど恐ろしいかということを。


「源寺。俺たちの命綱は繋がった。……七十二時間以内に、あの豚どもの城の扉をぶち破る作戦を立てるぞ」


 俺が血の滲む包帯をきつく巻き直すと、源寺は狂気じみた笑みを浮かべ、再び計器に向き直った。  


 残された時間は三日。


 ここから、底辺の親父と母ちゃんによる、新台場への最大の逆襲劇が始まるのだ。




続く

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