第31話 うわごとと旧式のリボルバー護身銃
『……父さん、痛いよ。どうして僕を殺すの……?』
泥水の底へ沈んでいくような、重く息苦しい闇の中。
生身の涙を流す翔太の顔が、何度も何度も俺の脳裏にフラッシュバックする。
丸鋸を握る右腕が痙攣し、あの時の絶望的な無力感が、呪いのように俺の首を締め上げていた。
「……ぁ、ぐ……翔太……」
「あなた! しっかりして、あなた!」
頬を叩く冷たい手の感触に、俺はハッと目を見開いた。
視界がぐにゃりと歪んでいる。
鉛の核シェルターの天井が、やけに遠く見えた。
全身の関節が砕けたように痛み、折れた肋骨の奥で、経験したことのないような悪寒と熱が暴れ回っている。
「……由美……俺は……」
「ひどい熱よ。廃工場の泥水から、傷口に菌が入ったのね」
由美はひどく青ざめた顔で、俺の額の汗を汚れた布で拭い続けた。
横に視線をやると、源寺も血の気の引いた顔で横たわり、浅く荒い呼吸を繰り返している。
二人とも、完全にスラムの不衛生な泥とウイルスの餌食になっていた。
「……抗生物質が要るわ。このままじゃ、二人とも敗血症で死んでしまう」
由美は立ち上がり、シェルターの隅にあった古い木箱から、布に包まれた何かを取り出した。
それは、俺が昔、護身用にと彼女に渡しておいた、旧式のリボルバーだった。
「由美……何をする気だ?……」
俺は鉛のように重い腕を伸ばそうとしたが、指先すらまともに動かせない。
「薬と、源寺さんが言っていた『通信を拾うための基盤』を手に入れてくる。スラムの奥の、地下闇市なら手に入るはずよ」
由美は震える手でリボルバーのシリンダーを確認し、皮のコートを羽織った。
「馬鹿野郎……! 女一人で、あんな吹き溜まりに……ッ! 行くな、由美……!」
俺は必死に声を振り絞ったが、それは情けないほどの掠れ声にしかならなかった。
今の俺は、妻一人引き止める力さえない、ただの無力な肉の塊だ。
「……あなた、あなたは、あの時言ったわね。親が、泣いている我が子を斬れるわけがないって」
由美は重い鉛の扉の前に立ち、振り返ることなく言った。
「私だって同じよ。目の前で、家族が熱に浮かされて死んでいくのを、ただ見ているだけの母親になんてなれない」
ガチャリ、とリボルバーの撃鉄を起こす冷たい音が、シェルターに響いた。
「待ってて。……翔太を取り戻すために、絶対に二人を死なせはしないから」
分厚い鉛の扉が開き、外の冷たい空気がシェルターに流れ込む。
俺の絶望的な制止の声は届かず、由美は一人、治安維持局の犬たちと狂気のスラムの住人がうごめく、危険な闇へと足を踏み入れていった。
続く




