第28話 泥まみれの玉座と狂い始めた機械
深夜零時。
土砂降りの雨が降り注ぐ『旧第三印刷工場跡』の静寂を、重苦しい飛行エンジンの音が引き裂いた。
上空から降下してきたのは、治安維持局の紋章が刻まれた黒塗りの装甲浮遊車だ。
だが、工場跡地の上空に差し掛かった瞬間、機体の制御灯が不自然に明滅を始めた。
「……チィッ。源寺のジャミングネットが効いてやがる。奴らの最新システムも、この鉄屑の墓場じゃ形無しだな」
崩れたレンガの陰に身を潜めていた俺は、手元の高圧鋲打ち機の撃鉄を撫でながら低く笑った。
ガガガッ、と不格好な音を立てて装甲車が泥濘に不時着する。
同時に、周囲を飛んでいた数機の護衛用ドローンが、まるで羽をむしり取られた虫のように、次々と水たまりに墜落し、火花を散らして機能停止した。
重い扉が開き、嫌悪に顔を歪めた神崎が姿を現した。
高級な革靴がスラムの泥水に沈み込むのを見て、奴は舌打ちをした。
その後ろから、音もなく降り立った影――二十歳に成長した逞しい肉体に、銀色の無機質な頭部を乗せた、俺たちの息子(翔太)の体だ。
「……汚らわしい底辺のネズミどもめ。どこに隠れている、さっさと姿を現せ!」
神崎の苛立った声が、廃工場に響き渡る。
「ずいぶんと無様な登場じゃねえか、治安維持局のトップさんよ」
俺と源寺は、崩れかけた第一輪転機の残骸の裏から、ゆっくりと泥水の中に歩み出た。
「貴様ら……! よくも私の所有物に薄汚いウイルスを仕込んでくれたな!」
神崎が怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。
その言葉通り、翔太の首に乗った機械の頭部は、時折バチィッという不快な音と共に青白い火花を散らし、赤い義眼の焦点が小刻みにブレていた。
源寺の仕込んだ『電子の猛毒』が、確実に奴の中枢神経を喰い荒らしている証拠だ。
「五億の最高級品が、ただの動く粗大ゴミになりかけてる気分はどうだ?」
源寺が口の端を歪め、ひび割れた端末を見せつけた。
「タイムリミットまであとわずかだぜ。パスワードが欲しけりゃ、その『商品』を置いて、さっさと新台場の空へ尻尾を巻いて帰りな」
「下衆が、調子に乗るなよ……! たかが旧式のジャミングと地雷程度で、私を出し抜いたつもりか!」
神崎がコートの懐から、高出力のレーザー銃を引き抜こうとした瞬間。
ズドォォォォンッ!!
俺は迷わず、高圧鋲打ち機の引き金を引いた。
圧縮された凄まじい暴風と共に射出された鋼鉄の杭が、神崎の足元わずか数センチの泥を深くえぐり飛ばした。
「ヒィッ……!」
泥水を全身に浴びて尻餅をついた神崎を、俺は冷たい目で見下ろした。
「次動いたら、てめえの脳天に杭を打ち込む。……俺たちの狙いは、お前の後ろにある『息子の体』だけだ。パスワードと交換で、そいつを置いていけ」
俺は鋲打ち機を構えたまま、神崎の背後に立つ翔太の体を見据えた。
機械の頭部はウイルスに蝕まれながらも、俺たちを「敵」として認識し、戦闘態勢に入ろうと両腕をゆっくりと持ち上げている。
「殺せ……! そいつらを殺して、デバイスからパスワードを奪い取れェッ!」
泥まみれの神崎が、狂ったように叫んだ。
ギィンッ!!
駆動音を響かせ、ウイルスの影響で動きが鈍りながらも、翔太の体が俺に向かって跳躍した。
俺は左手に持った電動丸鋸の電源を入れ、狂暴な回転音を廃工場に轟かせた。
「源寺、パスワードのデバイスは死守しろ! 俺が……あの偽物の頭を切り落とす!!」
七年前の悲劇の舞台で、親父の執念と巨大な権力の、血塗られた死闘が幕を開けた。
続く




