第23話 偽りの頭部と血の通った拳
源寺が解除した最奥の重厚な扉を、俺は力任せに蹴り開けた。
「何奴だ……!」
豪奢な絨毯が敷き詰められた私室の奥。革張りの椅子に深く腰掛けていた治安維持局の長、神崎が、手に持っていた酒の杯を落として立ち上がった。
「下層のネズミどもが……どうやってここまで入り込んだ?」
神崎の顔が怒りに歪む。だが、俺の目は神崎を通り越し、その傍らに直立不動で控えている「それ」に釘付けになっていた。
「翔太……」
背後で、冷却装置を背負った由美が、絞り出すような悲鳴を上げた。
そこにあったのは、紛れもなく俺たちの息子の肉体だった。
二十歳に成長し、極限まで鍛え上げられた分厚い胸板と、引き締まった四肢。はだけた衣服の襟元には、小さな星形の痣がはっきりと見て取れる。
だが、その逞しい首の付け根に繋がっていたのは、翔太の顔ではなかった。
銀色に鈍く光る、無機質な人工知能の「頭部」。
硝子玉のような赤い二つの義眼が、俺たちを全くの部外者(敵)として冷酷に捉え、測距の光を放っている。息子の温かい体に、冷たい鉄の頭がすげ替えられているという、おぞましい光景だった。
「ほう。貴様ら、昨日の料理店にいた扉番か?」
神崎が、忌々しそうに口の端を歪めて笑った。
「なるほど、この『素体』の元の親というわけか。下層のゴミが、わざわざ死にに来るとはご苦労なことだ。……やれ。侵入者を排除しろ」
神崎の冷酷な命令が下った瞬間。
機械の頭部から『ギィン』という不快な駆動音が鳴り、翔太の体が、目にも留まらぬ速さで俺の目の前に迫った。
「ッ……!」
俺は反射的に、右手の高圧鋲打ち機を構えようとした。
だが、俺の目の前に迫るその拳は、紛れもなく翔太の腕だ。俺と由美の血が通った、温かい肉体だ。
職人の本能が、そして何より親父の心が、息子の体を傷つけることを強烈に拒絶した。
(撃てねえ……! 丸鋸で斬りつけることなんて、できるわけがねえ!)
ドゴォォッ!!
俺の躊躇いの隙を突き、翔太の拳が俺の腹部に深く突き刺さった。
「が、はッ……!」
内臓が破裂するかと思うほどの凄まじい衝撃。俺の体は宙に浮き、後方の壁に激しく叩きつけられた。
口からおびただしい量の血が吐き出される。肋骨が何本か、確実にへし折れた。
「鉄さん!!」
「鉄!! クソッ、この野郎!!」
源寺が懐から電磁衝撃を放つ筒を抜き出し、由美が悲鳴を上げて俺に駆け寄ろうとする。
だが、機械の頭部を乗せた翔太の体は、一片の感情もなく、俺の頭をカチ割るために再びその逞しい腕を振り上げた。
息子の体は、圧倒的な暴力となって俺に牙を剥いた。
偽りの頭に支配されたこの肉体を傷つけずに、どうやって奪い返すというのか。
俺は血だまりの中で、かつてない絶望の淵に立たされていた。
続く




