第22話 泥水に塗れた職人と母親が天空の要塞へ牙を剥く
新台場の夜空を見上げると、そこには分厚い雨雲を突き抜けるように、「中央浮遊居住区」の巨大な影が浮かんでいた。
特権階級だけが住むことを許された、空に浮かぶ鋼鉄の城。その最上層に、神崎と……翔太の体がある。
「源寺、どうだ」
要塞の真下、廃棄物の山に身を潜めながら俺は声を落とした。
源寺は、要塞の底から伸びる「保守用の大型昇降機」の基盤に細い線を繋ぎ、計算機の画面を睨みつけている。
「……手こずらせやがって。だが、開いたぜ。電子の防壁に三十二秒だけ穴を空けた。その間に、この昇降機で一気に上層の搬入口まで上がるぞ」
重い駆動音と共に、分厚い鉄の扉がゆっくりと開く。
俺たちは暗い昇降機の中に滑り込んだ。
俺の後ろでは、由美が背負い紐のように改造した小型の冷却装置を背負い、荒い息を吐いていた。
「由美、重くねえか?」
「平気よ、あなた」
由美は額に滲んだ汗を拭い、背中の装置を愛おしそうに撫でた。
「少し冷たいけれど……七年ぶりに、この子と一緒に歩いているんだもの。こんなの、羽のように軽いぐらいよ」
その言葉に、俺は奥歯を強く噛み締めた。
装置からは、翔太の命を繋ぐ微かな機械音が鳴り続けている。もう二度と、この重さを手放しはしない。
ガコンッ、と。
昇降機が止まり、上層部の搬入口の扉が開いた。
そこは、スラムの泥臭さとは無縁の、白く無機質な通路だった。だが、息をつく暇もない。
「気をつけろ、鉄! 左の角から来るぞ!」
源寺の鋭い声。
直後、通路の奥から、六本脚の無人警備機が赤い光を放ちながら這い出てきた。
奴の感知器が俺たちを捉え、銃口を向ける。警報を鳴らされれば、一瞬で部隊に包囲される。
(鳴らさせるかよ……!)
俺は迷わず、右手に構えた高圧鋲打ち機を突き出した。
ズドォンッ!!
空気を圧縮した凄まじい反動と共に、鋼鉄の杭が射出され、無人警備機の銃口の付け根に深々と突き刺さった。
「ギ、ギィ……ッ」
警備機が機能不全を起こし、首を振る。
その隙を突き、俺は一気に距離を詰め、左手に持った超高出力の「電動丸鋸」の引き金を引いた。
ギュイィィィィィンッ!!
狂ったような回転音と共に、警備機の装甲と内部の配線を、火花を散らしながら一刀両断に斬り裂く。
警報の音すら出させない。俺は四十九年間、機械の解体と整備で飯を食ってきた職人だ。
どこを切れば機械が「死ぬ」か、体が完璧に記憶している。
崩れ落ちた鉄の塊を蹴り飛ばし、俺は電動丸鋸の血糊を振って落とした。
「……腕は鈍っちゃいねえな、鉄」
源寺が口角を上げて笑った。
「ああ。スラムでの七年間、ずっとこの瞬間を待ってたんだ」
俺は通路の奥――神崎の私室があるであろう最奥の防犯扉を睨みつけた。
「行くぞ。あの扉の向こうに、俺たちの息子がいる」
床に泥水の足跡を付けながら、俺たちは天空の要塞の深部へと足を踏み入れた。
続く




