第21話 天空の要塞と錆びた職人の意地
土砂降りの雨を切り裂き、俺は荒川の河川敷にあるボロ家の引き戸を開けた。
「あなたっ……お帰りなさい」
土間に足を踏み入れると、通信網を通して一部始終を聞いていた由美と源寺が、血走った目で俺を迎えた。
普段、危険な仕事から帰る俺を待つ時、由美はいつも不安に顔を強張らせていた。
だが今夜、濡れた俺の肩に触れる彼女の手には、悲痛な涙とともに、はっきりとした「戦意」が宿っていた。
「由美、ただいま。……もう、あの媚びへつらう制服は捨ててきた」
「ええ。全部聞いていたわ。……神崎という男の元へ、あの子の体が運ばれるのね」
「ああ。地獄の底だろうと、必ず取り返す」
俺は由美の肩を抱き寄せたまま、部屋の中央で重低音を響かせる冷却装置の前に立った。
分厚い硝子の向こうで、翔太の首は七年前と同じ、あどけない顔で眠っている。
俺は冷たい硝子に額を押し当てた。先ほどまで俺の目の前にあった、二十歳に成長したあの逞しい肉体を思い出す。
あの首の付け根に、この翔太の頭が繋がる時……俺たちの七年の時間が、ようやく動き出すのだ。
「再会の余韻に浸っている暇はねえぞ、鉄」
部屋の隅で、計算機の画面を睨みつけていた源寺が声を上げた。その顔は、かつてないほど険しい。
「神崎の住処である『中央浮遊居住区』の図面を引っこ抜いた。……冗談じゃねえ。あそこは単なる金持ちの邸宅じゃない。完全武装した『天空の要塞』だ」
源寺が壁に投影した図面には、巨大な要塞の構造が記されていた。
「要塞の周囲には、二十四時間体制で無人警備機が飛び交い、内部の扉はすべて生体認証だ。俺の腕で電子の防壁に穴を開けられるのは、せいぜい数分。その間に突入し、翔太の体を奪って、脱出しなきゃならねえ」
「数分か。上等だ」
俺は迷いなく頷いた。
「だが鉄、相手は最新の武装を持った治安維持部隊だ。素手じゃ蜂の巣にされるぞ。銃の当て(アテ)はあるのか?」
「銃なんて気の利いたものは、俺の性分に合わねえよ」
俺は床板の軋む畳を一枚剥がし、その下から、油紙に包まれた重たい革袋を引きずり出した。
七年前、印刷工場が焼き討ちに遭った夜。焼け跡から拾い集め、いつか来るこの日のために隠し持っていた「相棒」たちだ。
袋を開けると、油の匂いが部屋に充満した。
中に入っていたのは、銃器ではない。
「……工業用の高圧鋲打ち機に、小型の鉄骨切断用の『電動丸鋸』、か?」
源寺が息を吐いた。
「ああ。スラムの屑鉄を拾い集めて、機動力を落とさずに殺傷力を極限まで引き上げた特注品だ」
俺は鋲打ち機を持ち上げ、鋭い鋼鉄の杭を装填した。
「最新の機械装甲だろうが、こいつで関節の隙間に杭を打ち込んで、超高出力の電動丸鋸で配線を断ち切ってやる。……俺は職人だ。機械の解体なら、どんな兵士にも負けねえよ」
由美が、俺の背中にそっと手を添えた。
「あなた…私も行くわ」
「由美、お前は……」
「冷却装置の電源は、小型の携行蓄電池に切り替える。翔太の首は私が背負うわ」
由美の瞳に、一切の迷いはなかった。
「あの子の体があなたの匂いを忘れていないなら、母親の声にも必ず反応するはず。それに……もう二度と、家族が離れ離れになるのは嫌」
俺は、彼女の覚悟の重さに息を呑み、そして力強く頷いた。
「……分かった。三人で迎えに行こう。俺たちの息子を」
七年間の沈黙を破り、荒川の底辺から、権力の頂点へ向けた凄絶な奪還戦が、今動き出した。
続く




