第20話 電子の追跡と捨てられた白手袋
冷たい雨が降り続く、料理店のエントランス。
俺は直立不動の姿勢を保ちながら、耳の奥の通信機から流れてくる「地獄の音声」に全神経を集中させていた。
『……これより、本日の目玉商品の競売を始めます』
源寺が裏から抜き取っている、地下会場の音声だ。司会者の芝居がかった声が響く。
『巨大組織アリスの最新技術により、七年の歳月をかけて極限まで鍛え上げられた戦闘用素体。いかなる人工知能も拒絶せず、完璧に定着させることが可能な奇跡の肉体です。……開始価格は、五千万から』
「……ふざけやがって」
俺は白い手袋の中で、爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめた。
俺と由美が愛し、育て、そして奪われた命だ。それを、金を持て余した豚どもが「商品」として値踏みしている。
『六千万!』
『八千万!』
『一億二千万!』
通信機越しに、次々と欲望にまみれた声が飛び交う。
翔太の体に、俺たちが一生かけても稼げないような莫大な値がつけられていく。
荒川の小屋でこの音声を聞いている由美は、今、どれほどの血の涙を流しているだろうか。
冷却装置の硝子の向こうで眠る翔太の首に、どんな思いで縋り付いているだろうか。
「鉄、耐えろ。ここで飛び込んでも犬死にだぞ」
源寺の掠れた声が、俺の理性をかろうじて繋ぎ止めた。
「誰が落札するか、俺が必ずその正体と、資金の出所を割り出してやる」
やがて、会場の熱狂を切り裂くように、低く、冷酷な声が響いた。
『……五億。それと、我が局の最新兵器の独占供給権を付けよう』
その声を聞いた瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。
『ご、五億……! 落札です! 治安維持局、神崎理事!』
「神崎……!」
俺は思わずその名を口走った。
スラムの電力を絞り上げ、俺たち下層の人間を虫けらのように弾圧している、治安維持局のトップ。
よりによって、そんな血も涙もない男の手に、翔太の体が渡っちまったのか。
「鉄、ビンゴだ」
源寺の興奮した声が響く。
「神崎の端末に逆探知をかけた。奴の所有する『中央浮遊居住区』の第三棟。そこに翔太の体が移送されるはずだ。……ついに、住所を暴いたぞ!」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の中で、七年間くすぶり続けていた重く黒い炎が、爆発的な勢いで燃え上がった。
手がかりは手に入った。これ以上、奴らに媚びへつらう必要はない。
ガチャリ、と。
俺の目の前で、料理店の分厚い扉が開いた。競売を終えたVIPたちが、満足げな顔で出てくる。
「おい、扉番。車を回せ」
恰幅のいい男が、俺の肩をぞんざいに小突いた。
俺はゆっくりと顔を上げ、男の目を真っ直ぐに見据えた。
その瞬間、男がヒッと息を呑むのが分かった。今の俺の目は、便利な「透明人間」のそれではない。獲物の喉笛を狙う、飢えた獣の目だ。
「……てめえで回しな、豚野郎」
俺は男の胸ぐらを突き飛ばすと、両手の白い手袋を引きちぎるように外し、水たまりに投げ捨てた。
金糸の刺繍が入った外套も脱ぎ捨て、雨の中に晒す。
「鉄さん……!」
通信機の奥で、由美が息を呑む音がした。
「源寺、由美。長いこと待たせたな」
俺は土砂降りの雨を顔に受けながら、七年ぶりに、本当の「親父の顔」になって笑った。
「準備しろ。ここからが、俺たち家族の本当の奪還戦だ」
続く




