第19話 沈黙の再会と血の滲む拳
三日後の夜。
新台場にある高級料理店は、完全な貸し切り状態だった。
周囲には無人警備機が飛び交い、黒ずくめの武装兵が蟻の這い出る隙間もないほど配置されている。
俺はいつものように、金糸の刺繍が入った扉番の制服を着て、冷たい雨の降る入り口に立っていた。
耳の奥に仕込んだ極小の通信機から、荒川の小屋に残っている源寺の掠れた声が響く。
「鉄、聞こえるか。俺と由美は小屋から監視網を乗っ取って、映像を見ているぜ。……競売の出席者が集まり始めたな。画面越しだが、どいつもこいつも、表の顔は立派な特権階級の連中ばかりだ」
「ああ、こっちからも直接見えている。胸糞が悪いぜ」
俺は深く腰を折り、次々と滑り込んでくる黒塗りの高級車から、傲慢な顔をした権力者たちを迎え入れた。
そして、夜の九時を回った頃。
異様な威圧感を放つ、巨大な装甲車が音もなく入り口に止まった。
銃を構えた護衛たちが先に降り立ち、周囲を鋭く警戒する。
俺は息を殺し、震える手で分厚い装甲扉の取っ手を引き開けた。
「降りろ。商品」
護衛の冷酷な声に従い、後部座席から一人の『少年』が姿を現した。
年齢は20歳ほどだろうか。だが、その肩幅や骨格は、過酷な戦闘訓練を積んだ兵士のように引き締まっている。
目は硝子玉のように感情がなく、首の付け根には、人工知能の頭部を定着させるための無機質な金属端子が埋め込まれていた。
顔は違う。首から上は、七年前の翔太の面影など微塵もない、冷たい作り物だ。
だが。
少年が俺の横を通り過ぎようとした瞬間、微かに雨風が彼の匂いを運んできた。
そして、はだけた制服の襟元からチラリと見えた、鎖骨にある小さな星形の痣。
ドクン、と。
俺の全身の血が逆流した。
間違いない。首から上は冷たい機械かもしれないが、その肉と骨は、俺と由美の血を分けた息子だ。七年間、泥水をすすって探し続けた、翔太の体だ。
(翔太……ッ!)
俺は無意識に、少年の腕を掴もうと手を伸ばしかけた。
「おい、扉番。何をしている」
護衛の銃口が、冷たく俺の眉間に突きつけられた。
「下層のゴミが、極上の商品に触れるな。殺すぞ」
俺は、伸ばしかけた手を空中で止め、ゆっくりと、自分の太ももを強くつねった。
爪が肉に食い込み、制服の布地の裏にどす黒い血が滲む。
ここで暴れれば、俺は確実に蜂の巣になり、翔太の体は永遠に闇へと消える。荒川の小屋で待つ由美も、あの冷却装置を守り切ることはできない。
「……大変、失礼いたしました。どうぞ、中へ」
俺は血の味のする唾を飲み込み、深く、深く頭を下げた。
少年は俺に一瞥もくれず、護衛に連れられて料理店の奥へと消えていった。
俺の足元には、冷たい雨のしずくと、誰にも気づかれない親父の血の涙だけが落ちていた。
(必ず取り返す。……今日、あの闇の競売で誰がこいつを買おうと、地獄の底まで追いかけてやる)
息子の体が売り飛ばされる狂気の宴が、今、静かに幕を開けた。
続く




