第2話 特別配送便
陽が落ちると、町屋の路地裏は急速に闇に沈む。
遠くに見えるスカイツリーや空中回廊のネオンだけが、別世界のように毒々しく輝いていた。
「……遅いな」
壁掛け時計の針は、午後7時を回っていた。
翔太が工場を出てから、もう3時間が経つ。
駅前の田村精肉店までは、子供の足でも往復30分もかからないはずだ。
「あなた、ちょっと見てくるわ。どこかで油売ってるのよ、あの子」
由美がエプロンで手を拭きながら、努めて明るい声を出した。だが、その目は笑っていない。
俺たちは知っている。翔太は、時間を破るようなヤツじゃない。ましてや、頼まれた仕事を放っぽり出すような子じゃないんだ。
「俺も行く。GPSは……」
俺は慌ててスマートグラスを装着し、翔太の位置情報を検索した。
だが、視界に浮かんだのは無情なエラーメッセージだけだ。
『信号ロスト。最終確認地点:荒川区町屋4丁目、午後4時12分』
背筋に、嫌な汗が流れた。
工場の熱気のせいじゃない。冷たくて粘りつく、恐怖の汗だ。
その夜、俺たちは町中を駆けずり回った。
田村さんの店にも行った。「翔太くん? いや、来てないよ」と言われた時の、あの心臓が止まりそうな感覚。
警察にも通報した。だが、対応したのはAIのアバター警官だけだ。
『現在、管轄内での事故・事件の報告はありません。家出の可能性が高いと推測されます。72時間経過後に正式な捜索願を受理します』
「ふざけんな! あいつは家出なんてする子じゃねえんだよ!」
俺が端末に向かって怒鳴り散らしても、AIは「冷静になってください」と繰り返すだけだった。
人間味のない機械の声が、これほど憎かったことはない。
そして、長い長い夜が明けた。
一睡もできず、充血した目で玄関を見つめ続けていた俺たちの耳に、無機質なチャイムの音が響いた。
「翔太!?」
由美が弾かれたように飛び出し、ドアを開ける。
だが、そこに立っていたのは息子じゃなかった。
黒い制服を着た、政府公認の配送業者のドロイドだった。
「石神鉄男様ですね。『特別重要指定便』をお届けにあがりました」
ドロイドの腕には、銀色の保冷ケースが抱えられている。
大きさは、スイカ一玉分くらい。
表面には【生体反応あり・取扱厳重注意】という赤いシールが貼られていた。
「……なんだ、それ?」
「署名をお願いします」
震える手で電子サインをすると、ドロイドはケースを玄関に置き、逃げるように去っていった。
残されたのは、俺と、由美と、銀色の箱。
嫌な予感がした。
吐き気がするほどの、決定的な予感。
「あ、あなた……開けて……」
由美が腰を抜かして座り込む。
俺は震えが止まらない指で、ケースのロックを解除した。
プシューッという音と共に、白い冷気が漏れ出す。
中には、分厚い緩衝材に守られるようにして、「それ」が入っていた。
昨日まで、日焼けして笑っていた顔。
俺に「ケチだなあ」と言った口。
今は白く血の気を失い、目は固く閉じられている。
「……しょ、う、た……?」
由美の喉から、空気の抜けたような音が漏れた。
俺は悲鳴を上げることすら忘れていた。
ただ、箱の横に添えられた、一枚の分厚い封筒に目が釘付けになった。
政府の紋章が入った、格式高い封筒。
中から出てきたのは、丁寧な礼状と、残酷な通知書だった。
『拝啓 石神鉄男様
国家繁栄のための多大なるご貢献に、心より感謝申し上げます。
【資源有効利用法 第13条】に基づき、ご子息・石神翔太様の「身体パーツ(首から下)」は、適性検査の結果、Sランク資源として国有化されました。
当該パーツは、国家指定のAI市民へと正当な手続きを経て譲渡・移植されましたことをご報告いたします。
なお、頭部につきましては、ご遺族様への返却物として本便にてお届けいたしました。』
紙の末尾には、見たこともない金額の「協力金」が振り込まれたことが記されていた。
譲渡? 移植?俺たちの息子は、部品か?
俺たちの愛した時間は、金で買える資源だったのか?
「あ、ああああああああああああああああッ!!」
町屋の朝に、由美の、そして俺の絶叫が響き渡った。
その声に驚いたのか、ケースの中の翔太の瞼が、ピクリと動いた気がした。
続く




