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第15話 命のバッテリーと泥まみれの火花


 土砂降りの雨が、治安維持局「中継基地」のコンクリート壁を打ち据えていた。


「鉄、上を見ろ。光学迷彩を積んだ『警備ドローン』が三機、巡回してる」


 ゴミ箱の陰に身を潜めながら、源寺がタブレットの画面を指差した。


「俺が施設のメインシステムに『偽のノイズ』を流して、ドローンのセンサーを10秒だけ誤作動させる。その隙に地下の搬入口へ走れ」


「10秒だな。上等だ」  


 俺は雨水を吸って重くなった作業着の襟を立て、バールを強く握り直した。


「……3、2、1、今だッ!」


 源寺の合図と共に、俺は泥水の中を蹴り出した。


 頭上でドローンの赤いセンサー光が乱れ、虚空をさまよう。俺と源寺は搬入口のシャッターに滑り込み、源寺が電子ロックの基盤に直接ケーブルをぶち込んだ。


 重い音を立てて開いた地下の動力室。そこには、青白く発光する円柱形の「軍事用超高圧バッテリー」が、巨大なサーバーラックに何十本も突き刺さっていた。


「あったぜ! こいつ一本で、ポッドの電力を半年は賄える!」


 源寺が一番手前にあるバッテリーのロックを解除し、引き抜いた。ズシリとした重み。翔太の命の重さだ。




 だが、その直後だった。


 ビーーーッ!! ビーーーッ!!


 地下室中を、鼓膜を裂くような警報音が満たした。


「クソッ! 物理的な重量センサーが仕掛けられてやがったか!」


 通路の奥から、六本脚の犬のような形をした「殺戮ドローン」が、赤い複眼を光らせて猛スピードで這い寄ってきていた。


「源寺! バッテリーを持って先に行け!」


「鉄! お前どうする気だ!」


「俺が時間を稼ぐ! 早く行け!」


 俺は源寺をシャッターの外へ突き飛ばし、バールを構えて六脚ドローンの前に立ち塞がった。奴の背中から、スタンガンと実弾を撃ち分ける銃口が飛び出す。


(速い。だが、印刷の高速輪転機よりは遅ぇ!)


 俺は床の配水管をバールで力任せに叩き割った。


 プシュゥゥゥッ!!


 高圧の水柱が噴き出し、ドローンの視界とセンサーを一瞬だけ狂わせる。


「ガァァッ!」


 ドローンがノイズ混じりの電子音を上げ、盲撃ちのスタン弾を放つ。


 バチィッ!


 一発が俺の左肩を掠め、肉を焼く匂いと激痛が走った。腕の感覚が吹き飛ぶ。


「ぐ、おおおおッ!!」


 だが、俺は止まらない。水しぶきの中を強引に突破し、奴の関節――剥き出しになった油圧シリンダーの隙間に、バールの先端を深々と突き立てた。


「紙詰まり(ジャム)の直し方なら、俺が世界一知ってんだよ!!」


 テコの原理で、渾身の力を込めてひねり上げる。


 バキィィッ!!


 火花が散り、ドローンの脚が不自然な方向へへし折れた。奴がバランスを崩して床に転がる隙に、俺はシャッターの隙間から外へ転がり出た。




 ――ボロ家に戻った時、ポッドの温度計は「-180℃」を指し、警告音が鳴り響いていた。細胞のガラス化が崩壊する、そのギリギリの限界点。


「源寺、早くッ!」


 由美の悲鳴を聞きながら、源寺が奪ってきたバッテリーをポッドの補助電源に直結させる。


 ……ブゥン、と。


 一瞬の静寂の後、ポッドのコンプレッサーが、再び力強い重低音を響かせ始めた。温度計の数字が、ゆっくりと「-196℃」へと下がっていく。


「あぁ……よかった……翔太、よかったね……!」


 由美がポッドのガラスにすがりつき、声を出して泣き崩れた。


 俺は泥と血にまみれた体で、その場にへたり込んだ。左腕は焼け焦げて、ピクリとも動かない。だが、ポッドの中で静かに眠る翔太の顔を見た瞬間、そんな痛みはどうでもよくなった。


「……ハァ、ハァ……これで、当分は電力が保つな」


 源寺が床に大の字になりながら、荒い息を吐いた。


「ああ……」


 俺は這いずってポッドに近づき、冷たいガラスに額を押し当てた。


 いつまでこんな綱渡りが続くのか、俺には分からない。明日にはまた別の部品がイカれるかもしれないし、明後日には追手がこのボロ家を嗅ぎつけるかもしれない。先の見通しなんて、真っ暗闇だ。


 それでも。


「……何日でも、何年かかっても。絶対にこの音は止ませねえ」


 俺は、マイナス196度の中で眠る息子に、ただそれだけを誓った。


 泥と血と冷気にまみれたボロ家の中で、コンプレッサーの重低音だけが、今はひどく愛おしかった。




続く

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