第12話 引き裂かれた夜、親父の囮
次の瞬間!
ドォン!!
工場のシャッターが、爆音と共に内側へひしゃげた。
赤いレーザーサイトの光が、埃の舞う土間を無数に交差する。
「警告する! 直ちに『盗難品』を返却し、投降せよ!」
スピーカーから響く無機質な声。
完全に包囲されている。逃げ道なんてない。
「……源寺、裏口のルートは?」
俺はバールを握りしめながら聞いた。
「ダメだ。熱源センサーで完全にロックされてる。ネズミ一匹出られねえ」
源寺が顔を歪めた。
俺たちの足元には、翔太の「体」がある。
そして由美の腕の中には、「首」がある。
この重たい「体」を抱えて、銃を持った部隊の中を突破するのは不可能だ。
俺は、覚悟を決めた。
「由美、源寺。……よく聞け」
俺は由美の肩を掴んだ。
「お前たちは、翔太の『首』を持って逃げろ」
「え……?」
由美が目を見開く。
「何言ってるの、あなた! 体はどうするの!? やっと取り戻したのに!」
「俺が囮になる」
俺はシャッターの方を見据えた。
「俺が正面から突っ込んで時間を稼ぐ。その隙に、源寺が工場の床下にある『排水ダクト』の蓋を開ける。そこから逃げろ」
「嫌よ! あなたを置いていけない! …体も置いていけない…!」
由美が俺の作業着を掴んで泣き叫ぶ。
「由美!!」
俺は怒鳴った。
「体を持ってたら全員死ぬんだよ! ……いいか、体はまた俺が必ず取り返す。でもな、首は……『心』は、お前にしか守れねえんだ!」
俺は翔太の首を包んだタオルを、きつく結び直した。
「冷凍庫だ。逃げ延びたら、すぐにこの首を凍らせろ。腐らせるな。俺が迎えに行くまで、絶対に守り抜け」
「……っ……」
由美の目から大粒の涙が溢れる。
だが、彼女は強く頷いた。
「……わかった。絶対に、守る。……だからあなたも、絶対に死なないで」
「ああ。約束する」
ガガガガッ!!
シャッターが破られ、黒い装甲服を着た部隊が雪崩れ込んできた。
「行けぇぇぇッ!!」
俺は雄叫びを上げ、インクの入った一斗缶を敵の群れに投げつけた。
バシャアッ!
黒いインクが飛び散り、部隊の視界を奪う。
俺はその真ん中へ、バール一本で突っ込んだ。
「うおおおおッ!!」
殴る。蹴る。噛み付く。
俺は獣になった。愛する女と息子を逃がすためなら、悪魔にだってなってやる。
背後で、床板が外れる音がした。
源寺と由美が、闇の中へ消えていく気配がした。
……よかった。これで、希望だけは繋がった。
だが、俺の武運もそこまでだった。
バチィッ!!
「ぐあぁッ……!!」
スタンバトンの電撃が脇腹を直撃し、俺はその場に崩れ落ちた。
全身の筋肉が痙攣し、指一本動かせない。
ドカッ! バキッ!
軍靴が俺の頭を踏みつけ、肋骨を蹴り上げる。
口の中が鉄の味で満たされた。
「確保。抵抗は排除した」
「ボディ・スーツを回収せよ」
薄れゆく意識の中で、俺は見た。
翔太の「体」が、銀色の収納ケースに入れられ、無造作に運び出されていくのを。
(……すまねえ、翔太……。父ちゃん、弱くて……すまねえ……)
俺の視界は、どす黒い闇に覆われた。
工場の床には、俺の血とインクが混ざり合い、黒く、黒く広がっていた。
こうして、俺たちの短い再会は終わった。
続く




