第10話 宣戦布告
銀色の腕が、俺の首をへし折ろうと迫る。
速い。人間じゃ反応できない速度だ。
だが、俺には見えていた。
こいつらの動きは「完璧」すぎる。だからこそ、次の動作が予測できる。
工場のラインを流れる製品と同じだ。
「源寺、照明を落とせ!」
「おう!任せろ!」
バチンッ!
部屋が暗闇に包まれた瞬間、俺は床を滑り込んだ。
アンドロイドのセンサーが暗視モードに切り替わる、そのコンマ数秒のラグ。
俺はその隙に、奴の膝裏――油圧シリンダーが剥き出しになっている「急所」に、カッターの刃を突き立てた。
機械なら、見飽きている。
俺は毎日、秒速で紙を吐き出す巨大輪転機の懐に入り込み、高速回転するローラーの隙間で指を動かしてきた。
それに比べれば、こいつらの動きなんて止まって見える。
「紙詰まり(ジャム)を直すより簡単だぜ!」
ブシュゥゥッ!!
オイルが噴き出し、巨体がバランスを崩して倒れる。
俺はすぐさま跳躍し、カプセルへと走った。
「イヤッー! 私の! 私のボディ・スーツよ!」
アリスが金切り声を上げて泣き叫ぶ。
俺はカプセルのロックを、カッターの柄で叩き壊した。
プシューッという音と共に、ガラスが開く。
中の液体が床に溢れ出し、翔太の体がゆっくりと俺の腕の中に倒れ込んできた。
首のない息子、濡れた肉体。
ズシリと重い。
そして、ドクン、ドクンと脈打っている。
「……帰るぞ、翔太」
俺は作業着でその体を包み込んだ。
家にいる女房が、翔太の首を抱いて泣いているはずだ。早く会わせてやりたい。
首と体が揃って、初めて俺たちの息子が帰ってくるんだ。
「泥棒! それは泥棒よ! パパに言いつけてやる!」
アリスが地団駄を踏んでいる。
俺は翔太を背負い、作業着のベルトで固定すると、ゆっくりと振り返った。
「泥棒だと? 笑わせるな」
俺はアリスを睨みつけた。
その目には、もう慈悲も躊躇いもない。
「よく聞け、お嬢ちゃん。そしてお前のパパにも伝えておけ」
俺は踵を返し、部屋の出口――金色の装飾が施されたVIP専用エレベーターへと向かった。
泥と油にまみれた作業靴が、純白の絨毯に黒い足跡を残していく。
「今日から俺たちが、この街の『バグ』だ」
「俺たちは奪われた分だけ、奪い返しに来る。お前らが築いたこの綺麗な楽園を、ドブ色に染め変えてやるから覚悟しろ。そう伝えろ」
「源寺、行くぞ」
「おう。エレベーターの制御は奪った。地下の搬入口まで直行だ」
俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
閉まる扉の隙間から、アリスが呆然と立ち尽くしているのが見えた。
ガゴン、と重い音がして、箱が動き出す。
鏡張りの綺麗なエレベーターの中に、薄汚れたおっさん二人と、首のない体。
あまりに不釣り合いな光景に、俺は小さく笑った。
「……源寺」
「なんだ?」
「地下に着いたら、どうする?」
「ちょうどゴミ回収車が出る時間だ。荷台に紛れ込めば、そのままスラムまで送ってくれるさ」
俺は背中の翔太の温もりを確かめるように、強く抱き直した。
これが、俺たちの戦いの狼煙だ。
息子は帰ってきた。
俺たちは今日、世界を敵に回して、堂々と「ゴミ収集車」に乗って帰るんだ。
続く




