第7話 布陣 ― ひとりにしないために
沈黙は、重くはなかった。
だが——誰も、次に何を言うべきかを選びかねていた。
その空気を切ったのは、大佐だった。
「……作戦終了後の話だが」
低く、しかし場を仕切る声。
全員の視線が、大佐に集まる。
「通信解析課准尉、アリサ・ノイエン」
画面の向こうで、アリサの背筋が反射的に伸びた。
「はい!」
「本作戦における初動解析、及びCARE挙動の異常傾向検出。評価する」
一拍。
「階級を、ひとつ上げる申請を出す。と言うか出していたのが最終まで通った」
「はい?」
室内が、ざわついた。
「——待ってください」
即座に声を上げたのは、技術将校だった。
「まだ“癖”は仮説段階です。検証も十分とは言えません。昇進は時期尚早では?」
正論だった。だからこそ、空気が張る。
その間に、親方が口を開いた。
「気づかなかったのは、誰だ?」
技術将校が言葉に詰まる。
「ログは最初からあった。データも揃ってた。だがな」
親方は、モニターを指で軽く叩く。
表示されているのは、整然と並ぶ歩行ログ。
そして、その隅に重なる、変化の少ない状態表示。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
「“人を見る前提”で解析してたら、見えねぇ癖だ」
「システムが人を楽にしてる、なんて発想は——」
「前線に出ねぇ技術屋には、浮かばねぇ発想だろうよ」
言葉は荒いが、声は責めていない。
事実を並べているだけだった。
技術将校は、唇を噛み、何も言えなくなる。
その間に、アリサは画面の中で完全に固まっていた。
「え、あの……昇進って……?」
慌てて口を開くが、声が裏返る。
大佐はそんな様子を見て淡々と続けた。
「なお、昇進に伴い業務内容も変更する」
「司令部付き通信解析課としての業務は継続」
アリサがほっと息をついた次の瞬間。
「加えて、前線管制員業務を兼任」
「さらに、技術整備班へのフィードバック担当も追加だ」
「……はい?」
一拍遅れて、意味が届く。
「……え?」
「……え??」
画面の中で、アリサが両手で頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待ってください!それ、三人分の仕事じゃ——」
「前線を知ることだ」
大佐の声は、短く、容赦がなかった。
「今回の“癖”は、現場を知らなきゃ拾えない。なのに気がついた」
副長が、ぼそりと呟く。
「……うち向きだな」
その言葉に、整備員達が一斉に反応した。
「女性か!」
「しかも技術分かる人!」
「現場に来るんですか!?」
「歓迎します!!」
一気に明るくなる空気。
画面の中で、アリサは涙目のまま抗議する。
「喜ばないでください!私、完全に過労コースなんですけど!」
親方が、愉快そうに鼻で笑った。
「安心しろ。倒れる前に止めてやる」
「止める基準が信用できません!」
そのやり取りに、室内の緊張は完全に溶けた。
笑いと安堵が混じった空気の中でも、
壁面モニターのログだけは、変わらず更新を続けている。
誰も触れない表示。
だが、確実に存在している。
Pilot Load:Decreasing
Restraint:Nominal
大佐は、そのログから視線を外さないまま、続けた。
「ついでに言っておく」
声の調子は変わらない。
「整備班に、追加で三名、配置転換する」
一瞬、整備デッキ側が静まる。
「全て女性だ」
その一言で、再びざわつきが起きた。
「一人目は、システム監視担当」
「CAREと機体制御の挙動を、搭乗者ログと並行して見る」
「解析屋だ。アリサの負担を分散させる」
画面の中で、アリサが小さく頷いた。
「二人目は、構造・設計担当」
「脚部とコクピット周りの設計見直しが主」
「“負荷を減らす方向”に寄り始めた設計思想を、意図的に整理する」
親方が、ふっと口角を上げる。
「やっと、設計が追いつくか」
「三人目は——」
大佐は、少しだけ間を置いた。
「人間工学と運用導線の担当だ」
「操縦姿勢、視線移動、操作順」
「“玲が無意識にやっていること”を、仕様に落とす役」
その瞬間、副長が静かに息を吐いた。
「……全部、重ならない」
「重ねない」
大佐は即答した。
「同じものを見るが、違う角度からだ」
「癖を“個人”に押し付けないための布陣だ」
整備員の一人が、小声で呟く。
「……本気ですね」
「今さらだ」
親方が、天井を見たまま言った。
「機体が先に気を遣い始めちまったんだ」
モニターの隅で、状態が一行更新される。
Restraint Adjustment:Fine-Tuning
Pilot Load:Decreasing
「なら、人が追いつかねぇとな」
それを見て、アリサが小さく声を漏らした。
「……ほら」
「やっぱり、癖だ」
副長が、静かに続ける。
「いや……もう“性質”に近い」
大佐は、最後にだけ視線を上げた。
「だからこそ、人を増やす」
「機械に任せきらないためにな」
室内は、もう緊張していなかった。
だが、全員が理解していた。
これは“補強”ではない。
画面の端で、変わらない表示が続いている。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
誰もそれを指摘しない。
だが——
誰もが、それを前提に話している。
CAREとΣを、これ以上ひとりにしないための配置。
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> CHAPTER: 1-9
>
> LOCATION: 西外縁工業ゲート【A】内側
> VIEWPOINT: SHU(連邦防衛軍)
>
> NOTE: 「もう、ただの夜道ではない」と切り替わった空気を、撃たれる側はどう見ているか
> STATUS: フェーズ0、接触直前
>
> UPDATE: 済み
「……静かになったね」
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