第6話 境界 ― 守られている
前線基地・休憩室(同時刻)
——工業ゲートA視認、約三分前
アリサは端末に視線を落とし、資料を閉じかける。
「……あれ?」
無意識に声が漏れる。全員の視線が、遅れて画面に集まる。
「どうしました?」
技術将校が問いかけるが、アリサはすぐには答えなかった。
端末を引き寄せ、ログを拡大する。
指の動きが、先ほどまでより速い。
「……いえ、身体データじゃありません」
そう前置きしてから、続ける。
「操作ログです。画面出します」
新たに画面に表示されたのは、AHU-01Σの歩行制御と、姿勢補正の微細な記録。
その隅に、ごく淡く——
別レイヤーのログが重なっている。
識別名も、強調もない。
ただ、状態として並んでいるだけ。
更新間隔は一定。
内容は短い。
意味だけが残る記述。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
Pilot Stress Anticipation:Active
「現在、部隊はゲートA視認圏内に入る直前です。ログはリアルタイムに近い状態です」
「これ……」
アリサは、眉を寄せる。
「搭乗者の“癖”として処理されてますけど、私、少し違和感があります」
親方が天井を見たまま口を開いた。
「違和感、ねぇ」
副長もゆっくりと顔を上げる。
「具体的には?」
アリサは頷き、画面を切り替えた。
「こちらの部分です。左脚の接地タイミング。毎歩、ほんの数ミリ、早い」
「でもこれ……人間の癖にしては、揃いすぎています」
参謀が腕を組む。
「無意識の偏りじゃないのか?」
「だったら、揺らぎます」
アリサは即答した。
「疲労、路面、意識状態で微妙に前後するはずです」
「でも、これは……」
一拍。
「同じ条件なら、必ず同じ補正が入っています」
親方が、ゆっくりと息を吐いた。
「……そこだな」
副長も小さく頷いた。
「そこなんですよね」
「ただ……」
副長は言葉を切る。
「搭乗者の動きに機体が寄せているようにも見えるんです。どちらが先か判断がつかなかった」
アリサは、その言葉に目を見開いた。
「それです」
声に、確信が混じる。
「玲の癖じゃありません」
「Σの制御がそうなるように動いています」
画面に映るアリサの表情に、室内の空気が再び変わった。
さきほどまでの温度とは違う、技術者たちの静かな緊張。
ログの隅。
淡い表示が、変わらず更新を続けている。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
Pilot Stress Anticipation:Active
「C.A.R.E.の挙動です」
アリサは、はっきりと言った。
「学習の結果か、それとも設計上の癖なのか分かりませんが……」
モニターの数値が、また一つ更新される。
規則正しく、正確に。
「でも、これ」
アリサは、静かに続けた。
「人を真似ている動きじゃないです。人を守るために先回りしている動きです」
親方は目を閉じた。
副長は何も言わず手元の資料を伏せる。
誰も否定しなかった。
それは——薄々、二人が感じていたことだったからだ。
モニターに映るログが、静かにスクロールしていく。
アリサは、数秒だけ黙って画面を追っていた。
その沈黙の間も、状態表示は変わらない。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
Pilot Stress Anticipation:Active
「……負荷分散です」
ぽつりと、言う。
「関節、筋群、反応遅延——全部、搭乗者側の消耗を最小化する方向に寄せられています」
参謀が眉をひそめる。
「それは当たり前じゃないのか。そう設計したんだろう?」
アリサは、首を横に振った。
「もちろんです。でも、ここまで細かくは想定して組めるはずがありません」
画面を切り替える。
「例えば、この瞬間」
「足首の微調整、本来なら不要です」
「でも、入っている」
「理由は一つです」
一拍。
「搭乗者が、少しでも楽になるから」
親方が、低く唸る。
「……やりすぎだな」
副長も静かに続ける。
「機体側が、判断しているように見えるが……」
その言葉に対して、表示は何も変わらない。
肯定もしない。
否定もしない。
ただ、状態が続いている。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
Pilot Stress Anticipation:Active
「その揺れが出る前に、補正が入っている」
副長が、わずかに視線を上げた。
「負荷が上がる前に、姿勢補正。反応が遅れる前に、入力予測」
ログの一部が更新される。
だが、意味は変わらない。
Pilot Stress Anticipation:Active
「玲が落ち着いたから数値が下がった、じゃありません」
「先に、機体が落ち着かせる為に寄せている」
副長は、黙ったまま。
「これは、システムの癖です」
波形は乱れない。
整いすぎている。
「C.A.R.E.が——」
「搭乗者の負荷を減らす方向に、学習を寄せています」
「制御か」
「それとも……」
アリサは、息を吸う。
「制御ロジックの結果なのか」
「それとも、搭乗者を優先対象として扱い始めた結果なのか」
画面のスクロールが止まる。
状態表示は、そのまま残る。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
Pilot Stress Anticipation:Active
「現時点では、判断できません」
室内が静まり返る。
「C.A.R.E.の挙動は、異常か?」
副司令の声。
アリサは背筋を伸ばす。
「……いいえ」
「異常ではありません」
副司令は頷く。
「では、問題は?」
「——境界です」
「どこまでが機体で、どこからが意思か」
副司令は、わずかに考える。
「……今は、判断しなくていい」
一拍。
「現時点では、守っている」
「それ以上でも、それ以下でもない」
画面の隅。
変わらない表示。
Pre-emptive Load Mitigation:Active
「……守られているな」
誰にも聞かれない声。
ログは、止まらない。
問いも、答えも出ないまま。
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> CHAPTER: 1-7
>
> LOCATION: 前線基地・休憩室
> VIEWPOINT: アリサ、大佐、親方、整備副長
>
> NOTE: 「ただの夜道ではない」と変わった先で、後方では人員配置が動き出す
> STATUS: 初動報告会・昇進と増員が決定
>
> UPDATE: 済み
「街だと思って、入る」
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