第5話 報告 ― 外から見る側
前線基地・休憩室(同時刻)
——工業ゲートA視認、約三分前
簡易休憩室。
本来は短時間の仮眠や、交代待ちの兵が使うための場所だ。
だが今は、椅子の配置が微妙に崩され、壁面モニターの前に人が集まり、即席の報告会として使われている。
休憩室特有の、コーヒーと油脂、そして人の緊張が混じった匂いが、部屋にうっすらと残っていた。
四つ並んだ壁面モニターのうち、一つだけが静止画を映している。
AHU-01Σ 初動ログ
・歩行
・姿勢制御
・反応遅延
数値と波形は整然としている。
だが、その整然さが、かえって人を落ち着かせない。
反応遅延のグラフは、過剰なほど均一だった。
ばらつきがない。
誤差が揃いすぎている。
——問題はない。
だが、“問題が無さすぎる”。
その時、ログの下層に、ごく短い更新が流れる。
> RESPONSE LATENCY: NORMALIZED
> VARIANCE: MINIMAL
> STATUS: NOMINAL
誰も読み上げない。
だが——全員が見ている。
集まっているのは、
・現場参謀
・技術将校
・整備副長
・そして整備員たち
——肝心の二人が、いない。
⸻
現場参謀は、室内をぐるりと見回した。
「……主任整備隊長は?」
誰も答えない。
視線が自然と空席に集まる。
「大佐もいませんね」
気を利かせたつもりの整備員の一言で、空気が、ほんの一瞬だけ凍った。
参謀は小さく舌打ちをし、それを隠すように息を吐く。
「大佐は今回……副司令の使いだ。居なくてもいい」
言い切りだった。
だが、その言葉が場を納得させるものではないことは、本人も分かっている。
「呼ぼう。回線、誰か」
若い整備員が慌てて端末を取り出す。
「整備デッキに繋ぎます」
だが、焦りが判断を鈍らせたのか、回線指定は曖昧なままだった。
次の瞬間、モニターに映ったのは——
整備デッキではなく、見知らぬ女性だった。
「……中央戦略司令部、通信解析課のアリサです」
休憩室が、完全に静まり返る。
最初に口を開いたのは現場参謀だった。
「解析課?誰だ、今の回線指定」
「す、すみません!自分です!」
整備員が立ち上がり、反射的に頭を下げる。だが参謀は、その姿を見ていない。
画面の向こうで、アリサは状況を理解した。
——この沈黙は、現場のアレだ。
「失礼しました。前線基地の休憩室、でしょうか」
できる限り柔らかい声で話してみたが、それで空気が和らぐことはなかった。
「そうだ。こちらは機体初動の報告会中だ」
参謀の声は硬い。
アリサは即座に表情を切り替えた。
「了解しました。親方と大佐をお呼びですね」
即答。言い切り。
参謀が一瞬だけ目を見開く。
「……話が早いな」
「整備デッキにいらっしゃいます。こちらからすぐ向かうよう伝えます」
返事を待たず、アリサは回線を切り替えた。
画面が消えたあと、整備員たちの間に、ざわめきが広がる。
「親方……?」
——その呼び方が、この場の立場関係を、はっきりさせていた。
⸻
整備デッキ
油圧音と冷却音。
稼働は落ち着いているが、完全な静寂ではない。
「親方、いま、よろしいですか」
少し間を置いて、低い声。
「休憩してる訳じゃねぇぞ」
コーヒーを片手に、端末を操作する親方は、画面を見たまま答える。
端末上に並ぶログ。
初動データ。
反応遅延の波形。
——揃いすぎている。
「ええ、分かってます。でも、おふたりを休憩室が呼んでますよ」
一拍。
「報告会か」
「はい。参謀が、少し……」
言葉を選び、アリサは微笑んだ。
「ご立腹です」
親方の短い溜息。
「……分かった。すぐ行く」
その隣で、大佐も立ち上がる。
アリサはその動きを確認し、休憩室への回線を繋いだ。
⸻
前線基地・休憩室
「通信解析課のアリサです。おふたりとも、今こちらに向かっています」
報告が終わる前に、休憩室のドアが開いた。
「待たせた。文句なら聞かないぞ」
親方が席に着き、その隣に大佐が座る。
空気が、少しだけ緩む。
「では、回線落とします」
「待て。お前も参加だ」
「えっ?」
「モニターは見られるだろ。参加だ」
助けを求めるように大佐を見るが、大佐は手をひらひら振るだけ。
画面の隅で、副司令の手が一瞬だけ映る。
——逃げ道は、ない。
「了解しました」
アリサは覚悟を決めたように姿勢を正した。
「モニター確認できます。資料、過去の添付も問題ありません。通信科ですが、技術士官課程は全履修済みです」
参謀は何か言いかけたが、その一言で黙って頷いた。
「では、初動から始めよう」
報告は、淡々と進む。
数値は良好。
想定通り。
異常なし。
だが、親方と副長は、同じところを何度も見ていた。
——反応遅延。
数値としては、問題ない。
だが、揃いすぎている。
訓練後のログと同じ。
オーバーホール後の脚部と同じ。
“毎回同じ”という、異常。
その裏で、再びログが更新される。
> ADAPTIVE CORRECTION: ACTIVE
> LOAD DISTRIBUTION: OPTIMIZED
> PILOT STRAIN: REDUCED
誰も、それを“異常”とは言わない。
言えない。
「続いて、Σの搭乗者についてです」
整備副長が資料を持つ。
「あの、ちょっと待ってください」
画面に身を乗り出し、アリサが声をあげた。
「これ、権限の範囲を確認させてください」
一斉に視線が集まる。
「搭乗者の身体データ、詳細すぎます。これ、機体調整用の範囲を超えてますよね」
室内が、一瞬、静まる。
「……なにか問題でも?」
副長が冷静に返す。
「問題です」
アリサは真剣だった。
「身長、体重だけならまだ分かります。でも……体格バランス、筋肉量分布、骨格比率、柔軟域まで。ここまで細かい個人データが、どの範囲まで、誰に見えているのか——それが気になります」
室内に、じわりとした沈黙が落ちる。
「……なにか問題でも?」
副長の声は変わらない。
「問題です」
「これは“機体のためのデータ”の範囲を、実質的に超えてます。本人が意識していなくても、見ようと思えば——かなりのことが分かってしまう構成です」
誰かが小さく息を吐く。
その間を縫うように、親方がぽつりと言った。
「……そんなに気になるなら、閲覧記録でも取るか」
「そういう話じゃありません」
「取ってください」
副長とアリサが同時に言った。
「冗談だ」
親方は即答する。
「副司令に睨まれる」
「その前に私が抗議します」
アリサが真顔で言い切る。
笑いは起きない。
親方は、ゆっくりと息を吐く。
「数字が並ぶと、分かりにくくなるがな……」
「あれは、成長記録みたいなもんだ」
室内の緊張が、質を変える。
「……十三から十八まで、だ」
数字は淡々と告げられる。
「だから俺にとっちゃ、あれは機密じゃねぇ」
「育っていく時間だ」
副長が続く。
「……私にとっては」
「娘の身体測定の様なものです」
誰も反論しない。
アリサは静かに言う。
「分かります。分かるからこそ、問題なんです」
「“守る側”が見るのはいい。でも、“外から見る側”は違う」
その瞬間、ログが一度だけ変化する。
> PILOT PRIORITY: MAINTAINED
> EXTERNAL ACCESS: RESTRICTED
> AUTHORIZATION: LOCKED
副司令の声が割り込む。
「管理は一括。閲覧権限は限定。用途は限定する」
「了解しました」
空気が戻る。
誰もが、終わったと思った。
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> CHAPTER: 1-6
>
> LOCATION: 前線基地 → 西外縁工業ゲート【A】手前
> VIEWPOINT: AHU-01Σ
>
> NOTE: 人を増やす判断の裏で、現場はすでに「予兆」の中にいる
> STATUS: ゲートA視認、三分前
>
> UPDATE: 済み
「前に出たいな」
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