↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

第2話 黙認 ― 歩き出す音

中央戦略司令部・地下管制室

 非公開観測区画


 遮音材に覆われた壁は音を吸い込み、静まり返っている。

 ここでは外界の振動すら、数値と記録としてしか存在しない。


 壁面に設置された複数のモニターは沈黙したままだ。

 灯っているのは、最低限の生体表示と、ただ一つの音声チャンネルだけ。


 椅子に座る通信士は、ヘッドセット越しに呼吸を整えていた。

 その背後に立つ軍服の男は、腕を組まず、手を下げたまま動かない。


 待つ、という姿勢ですらない。

 ただ、そこに立っている。


「C.A.R.E.の起動を確認。画面、出ます」


 通信士が視線を走らせる。

 暗い室内に、新しい光が差し込んだ。


CARE: Restraint Level — NOMINAL


 ログを読み上げながら、わずかに振り返る。


「副司令。リストレイントレベル、ノーマルです」


 男は返事をしない。

 ほんの僅かに、顎が動いた。


 それだけで十分だった。


 音声チャンネルが生きる。


「告げる。Σ、歩行開始」


 若い女性の声。

 抑制され、感情を削ぎ落とした、指揮官の声。


 次の瞬間、規則的な音が届く。


 重低音ではない。

 振動でもない。

 ただ、間隔の正確な音。


一歩。

一歩。


 音だけだが、それが歩行音だと分かる。


 ルドルフは目を閉じない。

 だが、視線はモニターを見ていない。


「……よし」


 それは命令ではない。

 確認でもない。

 独り言ですらない。


 音に対する、ただの反応だった。


 アリサが何かに気が付き、わずかに眉を動かす。


「副司令、まだ出撃許可を——」


「現場のタイミングで良しとしている」


 低い声。

 遮るというより、上書きするような言い方だった。


「了解しました」


 アリサは一拍置き、続ける。


「玲……いえ、パイロットに、何か伝えますか?」


 ルドルフは、その呼び方に一瞬だけ意識を向ける。

 だが、それを表情に出さず、通信士と視線を合わせた。


「いや、大丈夫だ」


 言葉を選ぶ間もなく、続ける。


「……帰還を待つ」


 それ以上は付け足さない。


 再び、視線を前に戻す。


 音は変わらない。

 間隔も、リズムも、誤差がない。


 それでも副司令には、この足音が行軍音には聞こえなかった。


 規則正しく、迷いがなく、どこか危うい。

一歩一歩。


——歩き出す音だ。


 子供が自分の足で前へ進む時の。


 副司令は、何も言わない。

 ただ、その音が途切れないことだけを祈っていた。


⸻


 帝国軍前線基地・整備デッキ


 整備デッキは、常に動いている。

 油圧、冷却、警告音、人の声。


 その中に、ひとつだけ異質なリズムが加わった。


「告げる。Σ、歩行開始」


 女性の声を合図に、


一歩。

一歩。


 AHU-01Σが、歩行を開始する。


「……静かですね」


 若い整備員が、思わず口にする。


 整備副長は、端末から目を離さない。


「歩行音は悪くない。動きも設計値通りだ」


 淡々とした声。


「振動、ほぼ無し……接地誤差、許容範囲内です」


 副長の横で、若い整備員が端末と紙の書類を見比べる。


「でも……」


 振り返ると、他の整備員たちも同じ画面を見つめていた。


「でも、なんだ?」

「戦争に行く音、じゃないですよね」


 副長の口元が、わずかに緩む。


「壊してきた分、良い物に仕上がったってことだ」


一歩。

一歩。

 音が遠ざかる。


「なんか……」


 最初の整備員が、もう一度言う。


「“出ていく”って感じがしないです。いつもの訓練みたいで」

「ブリーフィング無ければ、確かにそうですね」

「ブリーフィングと言えば……走りますかね?」

「走るだろ」


 整備員たちが、顔を見合わせる。


 副長は、少しだけ間を置いてから答える。


「走るなとは言い聞かせてるが、Σはだいぶ前から普通に走れる」


一拍。


「それに、親方にあれだけ言われたら、玲は走らない。信頼していい」


一歩。


「じゃあ、なんで教えないんですか」


 誰かが、小さく言う。


 副長は即答する。


「飛んだり跳ねたりしそうだろ。走れるって分かったら」

「それ、信頼って言うんですか」


 副長は答えない。答える必要がないからだ。

 端末の表示だけが、淡々と更新される。


 Σの足音が、完全に聞こえなくなる。


 整備デッキの音が、元に戻る。

 副長は、最後に一言だけ告げた。


「……よし。後片付けだ。その後、初動報告会」


一拍。


「帰ってくる。

後片付けと合わせて受け入れ準備も進めろ。

まだ仕事は残ってる」


 整備員たちは、それ以上何も言わなかった。


 それが、現場の整備という仕事だった。


>NEXT EPISODE PREVIEW

>CHAPTER: 1-3

>

>LOCATION: 旧工業地帯(廃プラント群)/西外縁工業ゲート【A】手前

>VIEWPOINT: AHU-01Σ

>

>NOTE: 送り出す側の空気から、戦場へ向かう側の静けさへ

>STATUS: フェーズ0 前進中

>

>UPDATE: 済み


「……いいもんだな。外から、心配できるってのは」


―ブックマークと評価、お待ちしています―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。