第3話 邂逅 ― 内と外
第七国境補給線・前線整備デッキ
Σの足音が完全に遠ざかり、巨大なゲートが最後まで閉じたのを確認してから、大佐と親方は、ほぼ同時に椅子へ腰を下ろした。
格納庫の奥では、整備員たちがまだ走り回っている。
出撃直後特有の後処理と確認に追われる時間だ。
「……行きましたね」
大佐が、少し間を置いて言う。
「あぁ……」
親方は短く息を吐いた。
「送り出した後の、この妙な静けさだけは、どうにも慣れん」
「上でコーヒーでも飲みますか」
大佐が立ち上がると、親方もそれに続いた。
簡素だが堅牢な作りのドアを開け、二人は休憩区画に入る。
紙コップにコーヒーを注ぎながら、大佐が口を開いた。
「歩行、スムーズでしたね」
親方は先に椅子へ腰を下ろす。
「歩けなきゃ、出してねぇ」
「……ですよね」
大佐は苦笑しながら、親方の前にコップを置き、自分も座った。
「テスト機、相当壊しましたからね。あのくらいで驚かれたら親方も困るでしょう」
「いきなり走って脚部パーツを破壊した時は、流石に焦ったがな」
「画面越しで見てました。転んだ瞬間、全員が凍りつきましたよ」
大佐が肩をすくめる。
親方は一口コーヒーを飲み、少しだけ口元を緩めた。
「あの時な……」
思い出したように続ける。
「ひっくり返って、派手な音立てて止まっただろ。平気なフリしてたが、流石にあれは血の気が引いた」
「ええ……」
「で、這い出てきたと思ったら、第一声が『ふぅ、転ぶとこだった……』だ」
大佐が吹き出す。
「その場にいた連中、全員ポカンだ」
親方は、楽しそうに続けた。
「挙げ句にな、バラバラになったAHUを見て『とれてる』だぞ。十五の娘が悪びれもせずに」
大佐の脳裏に、当時の映像が浮かぶ。
右脚は膝下から外れ、左脚は股関節ごと外れて転がっていた。
右腕も肩から外れていて、左腕だけで胸部を支えていた姿。
「画面の外でそんな会話が……」
大佐はコーヒーを口に運ぶ。
「こちらは、生体モニターが一瞬消えただけで騒然でした。音まで消えた気がしましたよ」
「夜間戦闘訓練で殴った時も、流石に呆れたな」
親方が苦笑する。
「あれは報告書でしか……副司令と二人で声出して笑いましたけど」
「ドローンの映像見るか?途中までならあるぞ」
親方が端末を操作する。
「途中まで?」
「近づいてきたドローンを裏拳で叩き落とした」
「……は?」
「データのサルベージが上手くいかなくてな。添付できなかったんだ。出すぞ」
画面に、夜間訓練の映像が映る。
暗視の中、AHUが建物の影を縫うように進んでいる。
「確か……レーダー切ってましたよね」
「システム全部オフ。完全手動だ」
親方は淡々と言う。
「だから視覚モニターのデータもない。
玲には、何も見えていない」
「それで、こんなに動いて……」
ドローンが接近する。
AHUが一瞬止まり、体を捻った。
ガキッ。
左手で仮想SHUを殴りつける。
相手は仰け反るが、倒れない。
次の瞬間、戻ってくる頭部の位置を読んでいたかのように、もう一度左手が出る。
部品が飛び散る。
「そもそも殴る設計じゃないが、一発は耐えた」
「そこ気にします?」
「足元だ」
親方が映像を戻す。
「殴る前に、左足で相手の足を踏んでる」
大佐は思わず身を乗り出した。
「……無茶ですよ」
「やられた方は足が固定されたから下がれない。オートバランサーも効いているから倒れることも出来ない。当然、頭は元の位置に戻る」
一拍。
「だから二発目が入って、左腕を壊した」
ドローンが近づいた瞬間、画面が暗転する。
「右手の甲に傷があった」
親方が言う。
「あの状態で、近づいたドローンに裏拳だ」
「……出来るんですか、そんなこと」
「出来ちまった」
短く言い切る。
「だから、近接武装の開発を始めた」
二人は同時にコーヒーを飲んだ。
「もう一杯入れます。それと、データ送ってください」
大佐が立ち上がる。
親方が端末を操作すると、整備員たちの報告書が並ぶ。
「……相変わらず、書き込みが多い」
「愛されてますね」
その時、回線呼び出しモニターが点滅した。
「地下管制室から呼び出しですね。繋ぎます」
いいながら、大佐が回線をつないだ。
画面に地下管制室の背景と通信士、その背後に立つ副司令が映る。
「オペレーション担当、アリサ・ノイエン技術准尉です。カール・ヴァイスマン大佐、接続、ありがとうございます」
アリサは軽く頭を下げると、天井を見上げたままの男性に視線を移した。
「グスタフ・バルクホルン技術准将とは初対面になります。よろしくお願いします」
深く頭を下げるアリサ。
「その呼び方は好かん」
親方は天井を見たまま言う。
「ここじゃ、親方でいい。ルドルフ・エーレンフェルト中将、よろしいですかね?」
アリサが一瞬、副司令を振り返る。
「こちらも、その呼び方は好かない。呼びやすいようで構わんよ」
ルドルフの明るい声に、アリサは安心したように頷いた。
「では……よろしくお願いします、親方」
中央戦略司令部・地下管制室
「AHU-01Σ、出撃フェーズ完了。歩行・稼働、すべて正常です」
「了解した。引き続きモニターを」
「……落ち着いてますね」
言ってしまってから、アリサは明らかに焦る。
「何がですか?」
画面の向こうから大佐が助け舟を出す。
「搭乗者の声です。……いつも通りで」
「いつも?」
ルドルフが問い返す。
「失礼しました。音声パターン分析と、生体モニタリング上の話です」
丁寧に頭を下げ、すぐにモニターへ向き直る。
だが目は泳いでいた。
親方がマイクを切り、鼻で笑う。
「……ありゃ、知ってるな」
「同期です。玲の数少ない友人で。因みに、その事を副司令は知りません」
「知らないのか?面白ぇ。放っとけ」
画面の中で必死に平静を装うアリサを見て、二人は黙っていた。
「気づいたことがあれば、何でもいい。報告を」
「承知しました」
声が、少し柔らかくなる。
「あの親子は仲が良いのか悪いのか……」
「玲が抱きついているところを何度も見てますし親子仲は良いんですが、友人関係位は把握して欲しいですね」
親方は肩をすくめると、大佐がフォローを入れる。
アリサはマイクを上げ、小さく呟く。
「……玲……いつも通りだからね」
「聞こえてますよ」
大佐が突っ込む。
「能力は一流なのに、抜けてる」
親方が呟く。
「うち向きだな」
「あげませんよ」
親方が再び天井を見上げる。
「……いいもんだな」
一拍。
「外から、心配できるってのは」
「ええ……」
大佐は立ち上がり、コーヒーメーカーに近付いて窓越しに外を見る。
「戦場に立つより、待つ方が……長くて辛い」
同じ時間、同じ機体、同じ少女を思いながら、立場が違えば言葉も違う。
「もう一杯、どうです?」
コーヒーを注ぐ音。
「AHU-01Σ、出撃より7分経過。全機異常なし。生体モニターも正常です」
アリサが、少し誇らしげに報告する。
「7分で報告?」
親方が体を起こして端末を見る。
「時間に意味はありませんよ」
大佐が答える。
「あの空気に、耐えられなかっただけでしょう」
「やっぱり、うち向きだなぁ……」
画面の向こうでニコニコしているアリサを見て、親方が呟いた。
>NEXT EPISODE PREVIEW
>CHAPTER: 1-4
>
>LOCATION: 西外縁工業ゲート【A】
>VIEWPOINT: AHU-01Σ
>
>NOTE: 「予兆」が、次にどう変わるか
>STATUS: フェーズ0→1 移行前
>
>UPDATE: 済み
「壊さないよ。今日は、止めるだけ」
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