父から譲り受けたもの
カッ、ガシァァアアン…
開けた空間に、一つの闘志が落ちる音がした。剣から離れ落ちた刀身は、もはや何の意味もなさない、ただの鉄塊と成り果てる。
「そんな…俺の剣が…真っ二つ…。」
振り抜いた大剣の刀身は、レイの剣、そしてレイの闘志をも同時に斬り裂いたようだった。レイの瞳は、さっき見たようなメラメラと燃える心を映していなかった。
─終わったか…
そう思った、が…。
「真っ二つ…なんてな、やはりお前は本当に、Aランク冒険者、なんだな…。フッ、クッ…クッハッハッハ!そうかそうか…お前が本当に…。」
レイは突然に、僕の前で笑い出した。
「剣を斬られるなんてなぁ…初めてだ…こりゃ完敗だな!クックックッ…。」
レイは笑いが止まらない様子で、しばらく空間にはその声が響き渡っていた。
「な、一体何で笑って…。」
気味が悪くなり、その理由を訊く。
「ん、ああ…悪かったな…試すような真似をして…。実はな、本当は、お前と戦いたかったわけじゃないんだ。これにはちょっと理由があるんだよ…。まあ取り敢えず、もう出てきてもいいんじゃねえか?」
「出てきても?」
レイがそう言ったので、僕はレイの視線の先に目を向ける。すると、数少ない建物の中の一つから、やや小柄な男が姿を現した。
「そうだなあ!ハッ、レイ、こりゃ完敗だったな!見ていて逆に清々しいくらいだったぞ、俺は!」
「ッ…うるせぇよ、親父!俺だって、本当はこんなことしたくなかったんだよ!そもそも俺は、勝てない勝負は基本的に仕掛けねえしよ…。大体親父が…!」
「えっ、ちょっと待ってください!」
このままだと話が勝手に進みすぎて、全くついていけなくなるのが目に見えている。一旦僕は、レイと男との会話をやめさせた。
「最初に…あなたはいつからそこに…。」
僕は建物から姿を現した男の方を向く。
「俺か?俺はお前たちが冒険者ギルドを出てから、ずっとつけてきてたさ。気づかなかったか?」
男はさも当然かのように、そう口にした。
「…いえ、そうですか。最初から…。…確か、宿屋の前を右に曲がったとき、あなたは一度立ち止まりましたよね。あれは、靴紐でも結んでいたんでしょうか。」
「ッ!」
余裕そうな笑みを浮かべていた男が、一瞬無表情になった。
「…僕もちょっと、あなた達のことを試させてもらいました。これ以上何か嘘を言うようなら、即座に斬り捨てようと思いましたから。」
そして男は黙り、沈黙が流れた。
「あ、アーシュ…!お前、ずっとつけられてることに気づいてたのか…。」
先に口を開いたのはレイの方だった。
「…はい、最初から。昔から、人の気配を察知するのは得意なんです。」
「そうなのか…。」
「それに、明らかに人気のない場所に誘導されてる感じでしたし、正直、何かしら仕掛けてくるかなとは思ってました。…こんなに真っ向から勝負を挑まれるとは思いませんでしたけど。」
そう言ったところで、また突然背後から笑い声が聞こえた。
「厶ハハハハハ!最初からバレちまってたのか!流石、冒険者は違うなあ!俺も結構、尾行には自信あったんだけどなあ…。」
「…それはそれとして。結局、一体なぜあなたたちは、こんな回りくどい方法で、僕に挑んできたんですか?僕に文句があるなら、それこそギルドに直接言えばよかったじゃないですか。奇襲のはずの尾行だって、今僕の目の前に現れています。これは、何が目的なんですか?」
僕は思い切って、目の前の男に疑問をぶつける。
「…お前名は、アーシュといったよな。」
「はい。」
「そうか、アーシュ、俺らがお前を試すような真似をした理由はだな…。」
「…理由は…。」
男は一瞬間を作り、僕はゴクリと生唾を飲み込む。
「その理由は…俺がとんでもなくひねくれた頑固野郎だからだ!ムハハハハハ!」
…えっ?頑固野郎?は?え?
どういうこと…?
?????
「お、おいどうしたんだよ…急にぽかんとした顔しちまってよ…。…ま、まさかお前、あいつから俺のこと何も聞いてないのか?」
「…?あいつって?」
変わらずぽかんと大口を開ける僕を見て、男はピシャリと額を叩いた。
「おいおいまじかよ…あいつ、昔からそういうところあるんだよなあ…。まあいい、そんならまず、自己紹介からだな!」
そう言うと男は、自身の二つの親指を自分の体に向ける。
「俺の名はフランク!鍛冶屋『白銀』の店主をやっているもんだ!」
目の前の男は、殺伐とした灰色の空間で、高らかにそう言い放った。
「それで、これが見て欲しい剣なんですが…。」
それからまた、しばらく時が経った。
僕はある一つの、小さな店の中に居た。
鍛冶屋「白銀」の中だった。
「ほう…これが…。あいつからおおかた話は聞いていたが、想像以上の一級品だな…。」
そう言って剣を見る男─フランクの瞳は、品定めをしているかのようだった。
「気になっていたんですが、フランク、さんは、マスターとはどういった関係なんですか?」
その様子を見つつ、僕は目の前の、フランクという男に問いかける。
「ん?『マスター』?ああ、あいつのことか…。そういや、今はカフェのマスターをやってるとか言ってたっけな。相変わらず、変わったことをするやつだ。…まあいい。実は、俺とお前の言う『マスター』とは、古い付き合いでな。昔はよく、一緒に飲みに行ったりしたんだ。友人みたいな関係だと思ってくれて構わないぜ。」
「そうですか。さっき、『あいつから話は聞いていた』と言ってましたけど、それもマスターのことですか?」
「そうだ。実はお前がここに来る少し前、あいつから魔法で連絡があってな…。『アーシュという少年が、白銀に向かうだろうから、よければ剣を見てあげてくれないか』ってな。いきなりのことで、俺も驚いたよ。」
「ま、マスターから!?そんな…。カフェを出てまだ数時間も経ってないのに、マスターいつの間にそんな事を…。」
「あいつは昔っから行動が早いんだよ、恐ろしいぐらいにな。まあそんで、頼まれちまった俺は、仕方なく引き受けることにしたわけだが…。」
そこでフランクは一呼吸置くと、僕の目をじっと見つめる。
「…剣ってのは武器だ。強大な力だ。扱い次第で、多くの人を救い、希望を与え、道を切り開くことも出来る。その力を悪用して、傷つけ、より多くの憎しみを生むことも出来る。─それは、分かるな?」
フランクはそこで、どこか品定めをするような目を止めた。そして僕を見た。ただ純粋に、まっすぐに、僕のことを見た。
「…分かります。」
その目を見つめ返し、僕は答える。
「だからな、俺は、俺自身が信用できる、実力のある奴にしか、剣は造らないし渡さない。これは、この職についてから、ずっと決めていることだ。頑固なやつと思われるかもしれねぇが、これは譲れねぇ。」
「だから…僕を試したんですか。」
「そうだ。いくらお前が、俺の信頼するあいつのお墨付きだといえども、俺は俺自身の目で見たものを信じる。だから試すような真似をしちまった。…息子まで巻き込んでな。」
「…息子?」
「俺の事だ。」
その時、今まで黙ってうつむいていたレイが口を挟んだ。
「…俺はその頑固親父の息子だよ。あんまり似てねぇけどな。」
そう言うとレイは、椅子から立ち上がったかと思うと、その長身を折り曲げ、深々と頭を下げた。
「改めて…すまなかった、アーシュ。俺はお前と剣を交えて、とてもよく分かったよ。俺はお前を試せるような器じゃ到底なかった。今は俺の浅はかさを恥じるばかりだ。申し訳ない。」
「俺からも、すまなかったな。傲慢な態度をとっちまったことも、合わせて詫びるよ。」
そう言ってフランクの方も頭を下げる。
「─頭を上げてください。」
沈黙の中で僕の声だけが響き、二つの頭がゆっくりと動いた。
「冒険者というのは、良くも悪くも、合法的に魔物を倒すことのできる、唯一の職業です。その力の使い方によって、多くのものを救うことも、奪うこともできる。それは僕もよく知っています。…だから、僕が値するのかどうか試したというのなら、僕が怒ることはありません。…でも…僕には一つだけ、レイに聞きたいたいことがあるんです。」
「俺に?」
「ええ。…僕がギルド内で疎ましく思われている、それは、本当なんじゃないですが?」
「っ…」
レイは何か言おうとしたが、途中で口ごもり、何も言わなくなった。
「レイにそう言われたとき、心のそこで僕は、やっぱりな、って思いました。ギルドに来た最初の日から、冷たい視線を受け続けて、最近はそんなことはなくなりましたが、心の奥底で、僕に対する不満が着々と募っているようで…。」
「…そんなことはない。」
そこで、レイは僕の言葉を遮って言った。
力強い目だった。
「…確かに、お前の事をよく思っていない冒険者は、正直少なくない。でもな、それだけじゃない。お前に肯定的な冒険者、認めている冒険者、それも大勢いる。」
「…」
「それに、前に俺の友人がこう言っていたんだ。『俺はあの少年をかっこいいと思っている。真にAランクの実力のある冒険者なのかどうかなんて、そんなことは関係ない。あいつがギルドに通い詰めて、あの歳でダンジョンに潜っている。少なくともそれは事実だろ?それだけで十分凄いと思うんだ。…実は俺も、最近ダンジョンによく潜ってるんだよ。俺もあの少年の持つ、情熱のようなものに当てられたのか…。』」
レイはそこで一度止まって、僕の顔を見た。
「─いや、俺は、あの冒険者に憧れちまったのかもしれねえな。」
「…憧れ…て?」
父を夢見て冒険者になった。
父に憧れ、冒険者に憧れて、冒険者になった。
─僕は、誰かの憧れとなる存在に、なれたのだろうか。
カン カン カン カン
高い金属音が、店内を包み込む。
フランクが、僕の剣を見てくれているのだ。
「なあに、どんな力を秘めた剣なのか、なんて剣と会話していけばすぐに分かる。ついでに軽く調整してやるよ。そんなに時間もとらせなぇしな。」
さっきそう言っていたから、その音が鳴り終わるのは、もうすぐだろう。
僕はふと、横にいるレイを見た。レイも、自身の装備の手入れをしているようだった。僕はそんなレイを凝視する。
「…なんだ?なんか顔についてるか?」
すると、下を向いていたレイは顔を上げ、僕を見る。
「いや、そういうわけじゃないんですけど…。…ただ、似ているなあ、と思っただけです。」
「似ている?俺がか?一体誰に?」
「フランクさんにです。」
「親父に?」
レイは、金槌を振り下ろしながら僕の剣を凝視するフランクを見た。
「…いや、似てないだろ…。俺のほうが背丈も大きいし、髪の色も母親譲りだし…。」
「そんな事ありません、そっくりです。」
「そっくりだって?」
フランクは、未だに神経をすり減らし、大剣を調整してくれている。
「─集中してるときの目が、本当にそっくりです。」
その目は、レイに勝負を挑まれたときの瞳と全く同じだった。
「目が?」
レイはなんとなく解せない様な顔をしていたが、しばらくして笑った。
「…そんなこと言われたの初めてだな。流石、Aランク冒険者は着眼点が違うなぁ!クックックッ…。」
そう言っていたが、レイは否定はしなかった。
「おうい、終わったぞ!」
その時、リズム良く鳴っていた金属音が消え、代わりにフランクの声が聴こえた。
「本当ですか!?…何か分かりましたか?僕の剣について…。」
「…お前は、この剣が七大名工によって創られたものかどうか知りたいんだったよな。」
「…はい、どうでしたか?」
僕が訊くと、フランクは黙って、再び僕の剣を見る。
「取り敢えず、一つだけ言えるのは…。」
そしてそこで、フランクは僕を、またあの純真な目で見た。
「─この剣は、お前の為にある剣だということだ。」
フランクは確かにそう言った。




