主の証明
「それで、まあかくかくしかじかで、なんとか『白銀』に行くことが出来たんですよ。」
僕は今日もいつものように、心があったかくなる、ダンジョンの中のカフェに来ていた。
「左様ですか。それは何よりです。」
そう言ってマスターはにこりと笑う。
目の前のマスターからは、いつも以上に圧を感じる。普段はカウンターにいるので気づかなかったが、こうして見ると、マスターはかなり身長が高い。レイと同じくらいだろうか。
「…それにしても、急に戦いを挑まれて、本当に驚きましたよ。マスターも、フランクさんがちょっと頑固な人だって知っていたなら、教えてくれても良かったじゃないですか。」
「これは失礼を。しかし、アーシュ様なら必ず、『白銀』の『試練』を乗り越えられると思っていましたから。
マスターは変わらず笑顔で、淡々とそう言ってのける。
「『試練』って…大袈裟ですね…。」
と、タイミングを見計らったのか、そばにいたフロールが話しかけてきた。
「それで、『白銀』に着いてからは、何て言われたんですか?アーシュの剣はもしかして本当に『七大名工』の…。」
「あ、そのことなんですけど…。」
─この剣は、お前のためにある剣だということだ。
鍛冶を終えたフランクは、あのとき確かにそう言った。
「僕のために…ある剣…。一体どういうことですか?」
「まあ、順を追って説明するよ。まず、この剣が、『七大名工』によって創られたものなのかどうか、それを話そう。」
「…はい。」
「この剣が『七大名工』の『神具』なのかどうか…それは…。」
「それは…?」
「…分からん!」
「…え?」
自信満々に答えたフランクから出たのは、反対に曖昧な答えだった。
「分からないって、そりゃどういう…。」
「『七大名工』はもう、架空や伝説に近い存在だからな。はっきり言って、『七大名工』の創造を証明できる材料なんて、そうそうない。だから、これが『七大名工』の手によって創られたものなのかどうかは、滅多なことがない限り分からんな。」
「そう、ですか…」
フランクの言葉を聞いて、僕はがっくりと肩を落とす。同時に、何しにここまでやってきたんだという虚無感が、胸を貫く。
「おいおい、そんなに気を落とすなって。まだ話は終わってねぇんだから。」
しかしそんな僕を横目に、フランクはこう言ってさらに続けた。
「確かに、これが『七大名工』の手によるものだという確固たる証拠はない。ただな、俺も長くこの職をやっている。この剣の秘めた実力なら分かる。」
「剣の、実力?」
「ああ。ちょっと待っていてくれ。」
そう言うと、フランクはふらふらと店の奥の方へ行ってしまった。と思ったら、一つのナイフをその右手に持ち、またおもむろに姿を現した。
「これを見てくれ。」
そしてフランクは、僕にナイフの刀身を近づける。僕の目線も同時に移り変わっていく。
「ええっと、このナイフは一体…?」
「─これはな、『七大名工』の一人、メラクによって創られたとされる、『神具』、その複製品だ。」
「…え?…し、『神具』?これが?」
あの伝説の武器の一つ?
そう言いかけた。
僕は、フランクのナイフをじっくりと観察し、その外見を自分の目にしっかりと焼き付ける。
「ほ、本当にこのナイフが?マスターの言っていた『神具』の一つなんですか?その、なんか、どこにでもありそうな、変わったところのない、平凡で普通のナイフに見えるんですが…。」
「そう思うだろう。もちろん俺が造った模造品だから、性能は格段に落ちているが、外見は元のものと全く同じだぜ。─信じられないか?」
─信じられない。形状が少し特徴的ではあるが、派手な装飾も、神秘的な彫刻があるわけでも、おぞましい殺意を感じる仕掛けがあるわけでもなさそうだ。
至って普通のナイフのように見える。これがあの伝説級の『神具』だとは、到底思えなかった。
「これは20年くらい前だったかな。とある王室に行ったときに見たものを、俺がこの手で複製にしたんだ。─これを売ったら大反響!一晩で3000シルドぐらい稼いだこともあったな!」
「さ、3000シルドも!とんでもない額じゃないですか!」
「ああ、『神具』のこととなると、複製品でも欲しがる冒険者が大勢いたんでな。まあ、これ普通に犯罪だったから、ばれて王室から直々に追手をまかれたな!あれはやばかった!」
「……凄いですね…。」
「…なんの話だっけ?」
「…この剣が、『七大名工』の手によるものかって話だよ、親父。」
「ん…ああ!そうだった。ありがとう、レイ。ともかく、俺は『神具』を実際に見たことがある。その経験を踏まえて言うが、この大剣は間違いなく…。」
「─『神具』と同等の力を秘めている。フランクさんはそう言っていました。」
カフェ オルトロスに、一瞬間ができた。
「『神具』と同じ力って…え、と、とんでもなく凄いことなんじゃないですか!?」
横に立つフロールは突然、驚嘆のあまり叫んだ。
「そうですか。やはり…『七大名工』が創ったとされる…。」
事の発端のマスターも、流石に驚いたのか、目を見開いてまじまじと剣を見つめている。
「あくまでそれに近しい力を持っている、というだけらしいですけどね。実際に『七大名工』が創ったという裏付けはありませんよ、マスター。」
「でも、とにかく伝説級の力を持ってる剣ってことですよね!?もしかして、ひょっとしたら、Sランクの魔物も倒せるくらいの力が、この剣に備わっているんですか?」
「そう思ったんですが…。」
「『七大名工』と同等の力…。この剣には、それが確かに、あるんですね。」
「ああ。…ただな、俺が見たところ、この剣はまだ、完全体じゃない。」
「完全体?」
「そうだ。…こう言うと聞こえが悪いかもしれないが…お前は剣の力を完全に発揮できていないんだ。」
フランクは僕の目を見て、その次に剣を見てそう言う。
「そうですか…剣の力を…。それは、やはり僕の力不足が原因なんでしょうか?」
「いいや、それは違うな。」
フランクは首を振り否定した。
「こういう絶大な力を持つ剣っていうのは、基本的にその主人にしか、本来の力を使わせないんだ。お前は確か、この剣を父から譲り受けたと聞いているが、この剣はもともとお前の父が持っていたんだよな?」
「はい、そうです。」
「ならこの剣の主人は、お前の父になっている。これじゃ、その主人以外の人物が、思い通りに剣を振るうことは出来ない。」
フランクは冷酷にそう言う。その言葉にもちろん、嘘偽りはないはずだ。
「主人…?よく分かんないですけど…そ、それじゃ…。この剣は僕に、本当の力は使わせてくれないということですか?僕がこの剣とともに、父のような大剣使いになることは出来ないということに─」
「そう、思っていたんだ、俺もな…。…だが、それは違った。」
「─え?」
フランクは、僕との会話を遮って、手に握ったナイフを置き、机の上の剣を手に取る。
そして、なにやらカチャカチャと、見たこともない程素早い動作で、細工でもするかのように手と剣を動かす。
「…?これは何をして─?」
「まあ、黙って見てな。直ぐに分かる。」
─ガチャ
「外れました。」
「わあ…すごい!」
「…ええ本当に、とても手際がいいのですね。驚きました。」
フロールとマスター、口々にそう言われ、少し恥ずかしい。
「フランクさんに教えてもらったんですよ。仕組みが分かれば手入れもしやすいだろうって。─それで、これを見てほしかったんです。」
そう言うと僕は、慎重に刀身と柄を引き離す。
主従関係が主或は従の死以外で覆ることはない
その意をここに刻む
現主 『A.Mayer』
見えなかった剣の裏には、小さな字でこう刻みこまれていた。
「僕の名が刻まれています。…父さんの剣は、そもそも父さんのものじゃなかったんです。僕が主人の、僕が持つべき剣だったんです。」
輝きを放ち続ける大剣の剣先は、いまもなお、僕を見ている。
「…アーシュのお父さんが使っていたのは、本当はアーシュが主人の剣だったってこと?」
「多分そうだと思います。いつか僕にプレゼントするときのために、いつの間にかこの剣と、主従関係を結んでくれていたのかなと思います。」
「そう…なんですね。」
そこでフロールは、少し不思議そうな表情を見せた。
…正直、僕もよく、この「主従関係」については分かっていない。どうやって結ばれるものなのか、僕がいつこの剣と「主従関係」を結んでいたのか。
フランクに訊いてみたところ、
「主従関係を結ぶ契約ってのは、具体的にその内容は決まってねえんだ。仰々しい儀式を行うようなものじゃない。剣と人との心が通い合ったら、形のない関係が生まれる。ただ、主従関係を結んだ剣には、その名前が刻まれる。それは絶対だな。」
そう言っていた。
「…それで、この剣の持つ名前も、ここに刻まれているんです。父から教えてもらって、名前自体は知っていたんですが…。」
「名前?剣に名前がついているんですか?」
「そうみたいです、見てください」
疑問を浮かべるフロールをちらりと見たあと、僕は大剣をひっくり返した。
「ここに刻まれているのが、『名前』です。」
香る金属と冷たい刀身は、僕に名前を呼ばれるのを待っている気がした。
「…これからもよろしくね、『アルシャイン』。」
僕の声に呼応するかのように、「アルシャイン」は瞬いた。本当に、眩しく。
「え?」
光った。辺りが霞むほどに。
僕の愛剣は、宙に浮いた。
刻み込まれた僕の名前、「A.Mayer」が、黄金に輝き、刻印がより一層深いものになる。
「フランクさん、この文字は?僕の名前が剣に刻まれていますが…。」
「これがさっき言っていた、主従関係が結ばれた際に刻まれるものさ。」
「…!じゃ、じゃあ、この剣の主人は、僕だってことですか!?」
「そういうことになるな。…しかし…。どうもおかしい。」
「おかしい?」
「…この剣とお前とで、契約が結ばれていないんだ。」
「契約が…結ばれていない?そんなことがあるんでしょうか?僕はあんまり武器には詳しくなくて…。」
「いや、ない。契約が剣に刻まれているなら、必ず結ばれているはずなんだが…おかしいな…。まあいい、また、何かこの剣について気づいたことがあったら、些細なことでも言ってくれ。いつでも相談に乗るぜ。」
「はい、分かりました。」
「ああ、それともう一つ。…この剣を大切にしてやってくれ。少なくとも、その剣にはお前の名が刻まれている。それは事実だ。これはアーシュ、お前が持つべき剣─いや。」
─お前のための『アルシャイン』なんだから
突如放たれた愛剣の光は、カフェ オルトロスを包み込む。
そして今、契約は、刻まれた。




