良い剣をお持ちですね
オルトロスのじょーれんになった僕は、その後もダンジョンに潜るたびに、店に足を踏み入れていた。
チリンチリン
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは。今日も来ちゃいました。」
「アーシュ!どうぞ座ってください!」
なんだか、ここにいると心が落ち着ける気がする。これが「実家のような安心感」というやつなんだろうか。
僕は席に腰を下ろすと、剣をテーブルに立てかけた。今日はそんなに動いて居ないから、あまりお腹は空いていないな。何を頼もうかな。
そう思っていると、店奥にいるマスターが僕に話しかけてきた。
「…お客─いえ、アーシュ様。もしよろしければ、お荷物をこちらでお預かり致しましょうか?テーブルに荷物立てかけておかれると、危険かもしれませんし…。」
「荷物、ですか?」
「はい、そちらの大剣のことです。」
そう言うと、マスターは僕のそばにある剣を手で示す。それは、僕が冒険者を目指したときに、父さんがプレゼントしてくれた、古くからの相棒だった。
「ああ、この剣ですか…。いえ、これはこのまま置いておきます。これはもともと父さんが持っていた剣でして…。どんなときでも、僕が持っていようと決めてるんです。この剣は、冒険者だった父さんの魂がこもっている、とても大切なものなので。」
僕はじっと傍らの愛剣を見つめる。こうしてみると、父さんのにこやかな笑顔が浮かんでくる気がする。やはりこの剣には、何か「父」の想いが詰め込まれている。そう思う。
「左様ですか。」
そう言うと、マスターは僕ににこりと笑って見せた。
─僕はその笑顔のなかに、父さんの面影を見た気がした。
「それにしても、本当に良い剣を持っていますね!」
すると、フロールが剣の鞘をまじまじと見つめてきた。…なんだかこうされると、父さんがじっと見つめられているようで、恥ずかしいような気分になる。
「ありがとうございます。よかったら、ちょっと触ってみますか?」
「いいんですか!」
フロールは口を大きく開けて、期待の眼差しでこちらを見つめてくる。
「はい、斬れ味はホンモノなので、気をつけてくださいね。」
そして僕は、立てかけた愛剣を手に取ると、鞘から刀身を引き抜いた。
店内の照明に照らされ輝く銀の刃は、父さんと、僕と、ともに数々の戦場を戦い抜いてきた。
「すごい…、凄い剣ですね!触ってもいいですか?」
「はい、柄の部分に。刃には触れないでくださいね。」
と、言い切る前に、フロールは剣に触れていた。かと思うと、柄を片手で持ち、軽々と持ち上げた。
「うわあ…凄い剣!これでいつもモンスターをやっつけてるんですね!こんな感じかなあ…?」
ビュンビュンビュンビュン!
そしてこう言いながら、いとも簡単に大剣をぶんぶん振り回した。振り回した。
ん?え?振り回す?
あっちょっとまず…い…
「ちょっ、あ、危ないです、フロール、ちょっと、あのほんとに、切れちゃう切れちゃう、店が!」
「え?」
…目の前の少女が手を止めた。ときには、店内には無数の傷がつけられており、テーブルの足が切り飛ばされ、僕の服にも大きく傷ができていた。
「あっすいません!ちょっと興奮しちゃって…えへへ…。」
「えへへ…じゃないですよ…。そんなに振り回さないでください。危ないですから…。」
「本当ですね。フロールさん。」
─その時、突然に、本当に突然に、背後から声がした。
「ッ!」
僕は本能的に危機を察知し、後ろへ飛び下がる。今の声は一体─
「おや、驚かせてしまいましたかね?失礼致しました。」
「な、なんだ…。マスターでしたか。急に声かけられてびっくりしましたよ…。」
「申し訳ございません。」
…今、この人全く気配がしなかった。
不意のモンスターの襲来に備えるため、僕は生物の気配には敏感なつもりだ。大抵の生物は、呼吸音や足音など、何かしらの音を発している。僕は昔から耳が良かったうえ、一瞬の遅れが死に直結するダンジョンで身を守るため、少なくとも半径10メートル以内の生物は感知できる。つもりだったんだが…。
完全に気配を消してた…。
…やっぱり、この人、相当強いな…。
なんて考える僕をよそに、マスターは、フロールのことを笑顔で、それはそれは眩しいほどの笑顔で、見つめている。
「アーシュ様の大剣を勝手にぶんぶんと?振り回して?挙句の果てに店はめちゃくちゃに?おやおや、これは大変だ。ただでさえダンジョンの中の赤字経営のこの店の備品やその他もろもろをお客様の私物でぶち壊しているのに『えへへ…』とかなんとか言っていますがそんなことは到底するされる行為ではないとわかっているにも関わらずあなたは謝罪の意を行動で示しておらずそもそもこんなことになった成り行きというのはあなたが…。」
「ま、ますたあ…。そんなに早口で言わないでえ…。謝るからあ…。」
「ふふ、無理ですね。」
そしてやっぱりこの人怖い。
「…それはそうとアーシュ様。」
「あ、は、はい!」
急にマスターがこちらを向いてきて、怒りの矛先が僕に向いたのではないかと、一瞬不安になった。
「やはり良い剣をお持ちですね。」
「あ、ありがとうございます。」
「…これは、あくまで私の予想ですが…。」
そこでマスターは一呼吸置いた。
「─その剣は、『七大名工』によって創られたものではありませんか?」
「…!『七大名工』…。」
─七大名工。それは世界に約三十存在すると言われる伝説級武具、「神具」の制作者達のことである。
彼らが存在したとされるのは遥か昔、まだ魔法技術が確立されてから百年と経っていない時代のことだと考えられている。はるか古代、現代から数千年ほど前のことだ。そのため、Sランク冒険者、いやそれ以上にその存在の確証はなく、後世に、人々の想像によって生まれた架空の存在だという説もある。
しかしながら、これほど朧げで謎に包まれた存在が、今でもなお語られ続けている。
その理由は至って単純。
彼らの創った「神具」は強すぎるのだ。
たった一つの「神具」を巡り、国家間で何度も争いが起きる程度には。
今もなお、彼らの名が語り継がれる程度には。
「この剣が、『七大名工』の…。」
「はい。私の推測の域を出ませんが。」
「『七大名工』…」
「十歳か…。お前ももう立派な冒険者だな!」
「うん、父さん!この前はスケルトンを倒したんだよ!」
「そうかあ…。それじゃ特別に…。じゃ〜ん!」
「えっと…父さん、これは?」
「俺の愛剣さ!なんとあの、『七大名工 アリオト』が創ったとされる、チョーすごい剣なんだ!特別に、お前に授けてあげましょう。」
「父さん、『七大名工』って?」
「あれ、なんだ知らないのか…。『七大名工』ってのは…まあ要するに…めっちゃすごい剣を創った、凄く昔の人たちのことだ!」
「…ふうん…。」
「なんだその微妙な反応は…。」
─「心当たりがあります、マスター。」
「心当たり、ですか?」
「はい、父が昔、この剣をくれたとき、『七大名工』の『アリオト』が創った超すごい剣だ、と言っていたんです。その時は、冗談だと思って相手にしなかったんですが…。」
「そうなんですね…。」
マスターをそう言うと、しばらく手に顎をのせて、目をつぶったまま黙ってしまった。
何か考え事でもしているのかな、と思っていると、店の奥から紙切れを持ってきた。そしてそれに、何か文字を書き込んだ。
「この鍛冶屋に行ってみてください。何かわかるかもしれません。」
そしてマスターは、僕にその紙切れを渡してきた。書かれているのは─
「鍛冶屋…?この、『白銀』という店ですか?」
「はい、腕の良い鍛冶師がいる店です。彼なら何か知っているかもしれません。」
「そうですか…。…それにしてもマスターは、随分と武器に詳しいんですね。鍛冶屋についてもそうですし、何で僕の剣が『七大名工』によって創られたものだと考えたんですか?もしかして、じつは有名な冒険者だったりして…。」
「とんでもありません。」
マスターはきっぱりとこう言った。
「ただの勘でございますよ。職業柄、様々な冒険者の方々を見ていますので、武器についても詳しいのです。アーシュ様の剣についても、なんとなく、そうではないか、と思っただけですよ。」
「本当に?」
「もちろんです。」
…少し揺さぶってみようとしたけど、マスターは一切ポーカーフェイスを崩さない。やはりこの人には敵わない、気がする。
「…分かりました。取り敢えず、この『白銀』に行ってみますね。」
「ええ、何かわかるとよいですね。」
と、そこで、会話を遮るように一つの声が飛び込んできて、僕に言った。
「そうだアーシュ!今日は何も口にしてませんよね!何かお飲み物でも…。」
「フロールさん。」
マスターは、先程見たのと同じ、それはそれは爽やかな笑顔を、フロールに向けていた。
「取り敢えずこの場を引き伸ばして、先程の件を風化させようとしても無駄ですよ。」
「う…はい…。」
「ま、まあまあマスター。まさかフロールが、片手でこの剣を振り回せるぐらいの怪力だとは思わなかったんですが、うかつに剣を見せた僕にも責任がありますから…。」
僕はそう言って、なんとか泣きそうなフロールに助け船を出そうとした、が。
「いいえ、アーシュ様には何の責任もございません。責任はすべて私に。フロールさんにはあとでゆっくりと、話をしますから。」
かえって逆効果だったようだ。
「じゃあ、僕はこれで。『白銀』に行ってみますね。」
「ええ、アーシュ様。ご来店ありがとうございました。」
そう言うマスターの横で、フロールが店の奥の引き出しの中へ、体を押し込めて隠れようとしている。
「フロール、無駄ですよ。」
「うっ…」
『お客様、またのお越しを心よりお待ちしております。』
若干フロールの声が小さめだった。




