帰還
カフェを出て、モンスターを倒しつつダンジョンを抜けた後、僕は地上の冒険者ギルドに向かった。
ドサドサドサ…
そして、道中で倒したモンスターの破片を、大量に受付に持っていった。
「ちょっと多いんですが、いいですかね。」
僕がそう言うと、受付嬢 (クリスティーナさんというらしい) は、その瞳をまん丸にした。
「こ、これだけあるんですか!?すごい…って、ゴブリンロードの目玉まで!え、Aランク指定の魔物ですよ!」
「あはは…。ありがとうございます。」
Aランク冒険者何だから、そりゃAランクのゴブリンなら倒せるんだけどな。
そう思っていると、僕の背後が騒がしくなってきた。
「ゴブリンロードって、こんなガキが狩れるモンスターじゃねぇだろ!」
「どう考えてもおかしいぞ!」
「そうだそうだ!このあいだの冒険者ランクも、偽造か何かしたに決まってる!」
「おい、どんな手を使ったんだ!あぁ!」
「こんな偽造野郎がAランクなんて、どうなってんだ!ギルド運営はよう!」
血の気の多い他の冒険者達の怒りは、だんだんと増していく。そして、その矛先は、僕と冒険者ギルドに向いている。
「皆さん、どうか落ち着いてください!」
受付のクリスティーナさんが、何とか騒動を抑えようとしてくれているが、集団の圧にやられて涙ぐんでいる。
これはどうしたものか。
そう僕が思っていると、ギルドの入口のほうに座っていた、一人の大男が立ち上がった。
「お前ら黙れェ!」
そして大男の放った咆哮に近い叫び声が、ギルド全体に響く。蒸し暑い空間に突如現れたその声は、ギルド内が途端に静かになるのに十分だった。
「ロ、ロイドさん…。どうしちまったんですか?急に…。」
「その冒険者に詰め寄るのをやめろと言ったんだ。聞こえなかったか?」
「冒険者って…こいつはどこの馬の骨かもわからない、偽造野郎ですぜ。こんな奴、冒険者と呼べねぇすよ…。」
「うるせェェ!」
バン!
ロイドと呼ばれた大男は、持っていたジョッキをテーブルに叩きつけると、他の冒険者達を睨みつけた。
「この冒険者は、間違いなく実力者だ。…俺には分かるぜ。俺も長く冒険者やってる。強い奴は何人も見てきたさ。この冒険者は、獲物を狩る目をしてる。強者の目をしてるぜ。」
「ロ、ロイドさん…。」
「ロイド」はこの冒険者を仕切っているボス的存在らしく、誰も何も言い返さない。
これで一安心。
と、思っていたら、「ロイド」はこちらに向かってずかずかと歩いてきた。
ん?この冒険者、どこかで見た記憶がある。
確か─
「よう、久しぶりだな。この間はすまなかった。」
そう思ったのも束の間、「ロイド」は僕に話しかけてきた。
「ええと…。この間って?どこかで会いましたっけ?」
「3日前にギルドであったじゃないか。あのときは本当に申し訳なかった。酔った勢いもあったんだが、完全に言ってはいけねぇ事を言っちまった。」
そう言うと、ロイドは深々と頭を下げた。
3日前に会った…ギルドで…。酔っぱらい…。うーんと…。
あ、思い出した。
こいつ、この前僕に絡んできた酔っ払いだ。
僕は、3日前に睨みつけた大男を思い出す。そういえばこんな顔をしていた。だから、「僕の目を見た」とか言ってたのか。
「いや、いいんですよ。顔を上げてください。そんなに気にしていないんで。」
ロイドはゆっくりと顔を上げる。
「しかし、本当に申し訳ない。お詫びと言ってはなんだが、もしこのギルドで、お前の事を悪く言う奴がいたら、この俺がぶっ飛ばしてやることを約束するよ。まあ、お前ほどの実力者なら、俺がいなくても蹴散らせるのかもしれないがな、ハッハッハ!」
「はあ、ありがとうございます。」
なんというか、豪快な人だなぁとは思うけど、第一印象と比べると、意外と、悪い人ではなさそうだった。
「俺は、ロイドっていうもんんだ。大抵は、このギルドを拠点に冒険者やってる。ランクはCだ。よろしくな。」
「僕は、アーシュといいます。旅をしながら冒険者やってます。よろしくお願いします!」
ロイドが手を伸ばしてきたので、僕達は硬く握手をした。
そういうわけで、取り敢えずこれからは、ギルドで絡まれたり、怒鳴られたりすることはなさそうだ。
ギルド近くの宿場 「こぐま亭」 202号室
ガチャ
「ただいまー」
そう言うと、昨日からの疲れが急に身体を巡って、ふらふらと、倒れそうになった。
「あ、お、お兄、ちゃん…?かえって、きたの?」
そういうと、見慣れた顔がひょっこりと、クローゼットの中から顔を出した。
「うん、ごめんね、こんなに遅くなって。帰ってきたよ、アリシィ。」
僕がそういうと、アリシィは、ゆっくりと僕のほうに歩いてきた。
「…え、ふ、うえ…うぁぁぁぁん!!うぇぇぇぇん!」
かと思ったら、アリシィは、突然泣き出してしまった。顔をくしゃくしゃにして。
無断で一日以上アリシィから離れてしまっていた。僕も本当に、久しぶりに、アリシィに会った気がする。
─ダンジョンであのまま倒れていたら、もうアリシィとは、こうして会えなかったのかな。
僕も、ちょっと、泣きそうになってしまう。
そうして、アリシィは、僕の身体にピタッと張り付いたかと思うと、お腹の辺りに顔を埋めてきた。
こうなると、しばらくは僕を離してくれない。
「あ、アリシィ、ちょっとくすぐったいよ〜。」
「だって、だって…ほんとにしんぱいしたの!どこいってたの!一人にしないでなの!」
「本当にごめんなあ…。」
そう言いつつ僕は、お腹に埋もれているアリシィの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「むぅ…。はやくかえってきてよぅ…。」
「ちょっといろいろあってね…。」
結局アリシィは、昼食が夜食に変わってしまうくらい長く、僕を離さなかった。
「おそくなる日は、まえの日にかならずいうこと!わかったなの?」
「はい…。」
「むぅ…。」
やっとご飯の時間ということになったとき、僕はアリシィに、こってりと叱られていた。
「きゅうにどこかに行かないでなの!」
「はい…。」
「よるになるまでにはかえってきてなの!」
「はい…。」
「それと…」
「はい…。」
いつになってもお説教は終わらなかった。
「くぅー、くぅー…。」
「…寝ちゃったか…。」
アリシィはご飯を食べ終えると、ごろんと横になって、すぐに寝てしまった。
本当は、あんまり消化によくなかったりするのかも知れないが、とても安らかな寝顔で、すやすや寝ているので、僕はそっと毛布をかけておいた。
「ふぅ…。やっと終わったな…。」
それにしても、長い一日だった。今日あった事を思い出すのが面倒になるくらいには、長い一日だった。
僕はまた、だらんと寝ているアリシィを見る。
─良かった。
アリシィとまたこうして会えて、話せて、一緒にいられて。
難しいことを考えるより先に、そういう、ぼやけた感情が、やってくる。
良かった。アリシィがいてくれて、本当に良かった。
窓外の月は煌々と、僕らを照らしていた。




