初めての来店
「カフェ…オルトロス?」
にこやかに僕を見るメイド服の少女と黒スーツの青年は、確かにここを「カフェ」といった。
「はい!冒険者の皆様のための休憩所!お客様に心よりくつろいで頂くための場所!それがここ、『カフェ オルトロス』ですよ!」
「そう、ですか…。」
ハキハキと話すメイド服の少女に対して、僕はただ返すことしかできなかった。
僕は今もこうして生きて、会話している。その実感があまり湧いて来なかったからだ。
何を言えばいいか分からず、ただ沈黙が空間を漂う。
「…もしかして、僕をダンジョンから助けてくれたのも、あなたたちなんですか?」
しばらく経って気持ちが落ち着いてから、なんとか喉の奥から言葉を声にすると、少女は頬のあたりを膨らませて、また少し目のあたりを赤くして、今にも泣きだしそうになってしまった。
「はい…そう、なんです…。ダンジョンの中で倒れているのを見つけたときは、本当にひどいケガで、もう助からないんじゃないかって…、思って…。回復魔法をかけ続けましたけど、一向によくならなくて…。心配したんですよ!本当に…本当、に…うう…。」
そしてその声は、少しずつ小さいものとなり、やがて涙交じりの嗚咽に変わる。
「…そうなんですね…すみません。ご迷惑をおかけして…。」
─僕はなんて惨めで、情けない存在なんだ。なんで迷惑ばかりかけてしまうんだ。その時、泣きしゃぐる一人の少女を見て、僕は自分という、小さくて役立たずの存在を酷く憎む。
ダンジョンの中で倒れて、意識を失って、それからのことは何も覚えていない。目覚めた場所がどこなのかさえ、よく分かっていなかった。
僕は、未だに痛む自分の左腕を見る。白い包帯でぐるぐると巻かれていて、丁寧に処置が施されている。これも目の前にいるこの人たちがやってくれたのだろうか。
少なくとも、僕はこの人たちに命を救われて、今ここに生きている。それは確かだった。
「なあに、結果的にはよかったじゃないですか。お客様は、生きて、こうして無事に会話することができています。その事実を、まずは喜びましょうよ。」
すると、カフェ内に流れた重たい空気を断ち切るかのように、少女の隣に立っていた、黒スーツ姿の青年が声をかける。どこか洗練されていて、大人びた雰囲気を持つ青年だ。
「ますたあ…。」
ゆっくりと、メイド服の少女は顔を上げる。
「うん…。そうだね…。良かった…良かったよう…。お客様が助かって良かったよう…。」
「そうです。お客様の無事の生還を皆で一緒に祝いましょう。お客様もどうぞご一緒に。」
そう言うと、青年はいきなり僕の方へ手を伸ばした。
「え、僕も一緒に…ってことですか…。」
「もちろんです。」
そう言うと青年は、突然、膝の上の僕の左手を、ギュッと握りしめる。それに続くように、少女も先ほどまで涙を拭いていた手で、僕の右手を掴んだ。
「さて、いきますよ。」
ばんざーい!
ばんざーい!
ばんざーい!
そして、三人で輪になって、つないだ手を上下に振り、ジャンプした。隣の少女のメイド服が、風に乗って、ふんわりふわりと宙を舞っている。少女は笑っている。
ばんざーい!
ばんざーい!
ばんざーい!
声を揃えて空へ跳ぶ。
ばんざいの声は、多分、店外にも聞こえるくらい大きなものだった。
そうしてしばらく手を振り続けて、腕が疲れるぐらいになってきた頃には、店の雰囲気はいつの間にか柔らかく明るいものになっていた。
あれ?
僕は、気づけば笑顔だった。
今更ながら生きている実感が湧いてきた。なんというか、少し、楽しくて、嬉しい気分になってきた。
「って、マスターなんですかこれ!?めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!」
「ハッハッハ。いいじゃないですか。誰も見てなんかいませんよ。」
久しぶりに、心の奥底から安心できた気がした。
「改めて、色々とありがとうございました。ダンジョンの中から救出してくださったうえに、回復魔法を一晩中かけていただいたみたいで…。」
一段落ついたところで、僕がそう言うと、メイド服の少女が振り向いて、僕に言った。
「回復魔法は良いですけど…絶対にダンジョンのなかで無茶はしちゃいけないんですよ!もし見つけるのがあと少し遅れていたら、もう手遅れでした…。自分の命が最優先!ですよ!いいですね!」
「は、はい…気をつけます。」
すると、黒スーツの青年の方も振り向いて話しかけてきた。
「私からもお願いです。お客様が倒れているのを見つけた際、お客様は回復用のポーションをお持ちではありませんでした。ダンジョンに潜る際、特にオルトロスの90階層以降などの深層に向かう際は、ご自身の安全のため、ポーションの十分なご持参を強くお勧め致します。」
「はい…。」
「それと、ダンジョン探索に行く際の服装についてですが、もう少し通気性に優れた、動きやすいものが良いかと考えます。ダンジョン深層は酸素が薄いので…。」
「はい…。」
「お客様の所持している武器に関してもう一点…。」
「はい…。」
「さらにダンジョン内では…。」
「他にも…」
その後も色々と忠告(すごく長い)を聞いた後、僕はハッとしてあることを思い出す。
「って、そうだ!すみません、今って何日の何時か分かりますか?」
「今、ですか?ええっと、11日の午前10時ぐらいだと思いますけど…。」
メイド服の少女の言葉を聞いて、僕は驚愕し青ざめる。
「やばっ!あの、実は…昨日から妹を宿屋に待たせてるんですよ。僕たちずっと2人暮らしで…急いで帰ってご飯作らないと!」
そうだ、こうしちゃいられないだった。アリシィにまで心配をかけさせたくない。もう昨日から待たせているんだ。一刻も早く妹のいる場所へ帰らなくては。
僕は愛剣「アルシャイン」を手に取ると、痛む左腕を抑えながら、早々と店を出ようとする。
「お客様?もう行かれるのですか?」
すると、スーツの青年に引き留められた。
「はい、もういかないと。妹に心配はかけさせたくないんです。お世話になりました。」
「しかし…。怪我もまだ治りきっていないのでは…?」
「平気です。ダンジョンから妹のいる宿屋はすぐなので。歩いていけます。」
「ですが、もう少し休まれていったほうが良いかと思いますが…。外にはモンスターも大量におりますし…。」
「ああ、大丈夫ですよ。その辺のモンスターなんてこの剣で一突き擦れば…えっ?」
ん?
え?
もんすたー?
って言った?今この人?
え、モンスターって?スライムとかゴブリンとかケンタウロスとかあの?
外に大量に?いるって?
???????
「あ、あの…今なんて?」
「? 外にはモンスターが多いので、休憩されたらどうかと提案したのですが…。」
黒スーツの青年はさも当然かのように、今、とてつもなく恐ろしいことを口にした。
「え?いやいやいや、外にモンスターなんてそんなまさか。冗談はよしてくださいよ。ここは地上でしょう?多分、冒険者ギルドの近くの…。」
「…え?」
「え?」
今まで顔色一つ変えなかったスーツの青年が、急に怪訝そうな顔をして、不思議そうに声を発したため、僕の方も、すごく不安になる。
そして、しばらくすると、メイド服の少女の方へ目線を向けて言う。
「…フールさん、もしかしてこのカフェのこと、なにも伝えていないのですか?」
「え!わ、私!?私はてっきり、マスターが全部伝えてくれているものだと思って…」
「そうだったんですか…。それは大変だ…。」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってください!このカフェって一体なんなんですか?」
なんか急に話が進んでいるので、僕は慌てて口を挟んで、制止した。
そうすると、少女が突然こちらを向いたかと思うと、待ってました!とでも僕に言うような笑みを浮かべ、僕に言った。
「フッフッフ…何を隠そうお客様!このカフェ オルトロスは、世界唯一!この世に一つしかない特別な、ダンジョンの中にあるカフェなんですよ!」
─へ?
「えへえええぇ〜!!??」
僕は叫んだ。驚きのあまり叫んだ。恐らく人生でも、ベスト3には入るくらいに大きな声で叫んだ。
「だ、ダンジョンの中にって…。じ、冗談厳しいですよ…。」
そういって僕は、店の外を確認しようとドアの方へ向かう。
「─!お客様!危ないですよ!」
カランカラン
青年がそう言い切る前に、僕はドアに取り付けられたベルの音とともに、店の外へ出る。
ギロリ
「─あ。」
外にいた人と、目が、あった。
いや、正確には人ではなく、緑色の体で、棍棒を片手に持った、巨大なゴブリンと、だ。
そのゴブリンは僕に気づくと、獲物を見つけたように突進し、襲いかかって来た。
「っうわ!危なっ!」
咄嗟に剣を引き抜きゴブリンの拳を受け流すと、急いで地面(ごつごつとした石が敷き詰められた、ダンジョン特有の地面だった)を蹴り、カフェ内へ逃げ帰った。
「はあ…」
「大丈夫ですか!?お客様!」
すぐにメイド服の少女が僕に駆け寄ってきた。
「大丈夫です…。あの、今のモンスターは…?」
「ご安心を!カフェの周りには強力な結界が張ってあるので、モンスターは入ってくることができません!このカフェにいる限りは安心ですから。」
「そうじゃなくて…今のって本当に…ゴブリン…。じゃあここは本当に…ダンジョンの中…。」
─正直、最初から違和感は感じていた。
そもそも怪我をした冒険者は、真っ先にギルドに運ばれる決まりになっており、ギルド内のベッドで治癒され目を覚ますケースがほとんどだ。
その余裕がなく、治癒を優先してくれていたにしても、ただのカフェの店員のようなこの人たちが、鍛え上げられた冒険者しかはいれないはずの、ダンジョン奥地の怪我をした僕を見つけるなんて、明らかにおかしな話だった。
でも、この人たちは悪い人たちにはとても見えなかったし、助けてくれたのは確かだったから、特に何も言えなかったけど…けど…。
「ダンジョンの中のカフェって…そんな…。」
僕の悲痛な叫びは、あまりに小さく、店の外までは聞こえない。仮に聞こえていたとしても、誰も気にしないだろう。
このカフェは、ダンジョン「オルトロス」の深部に存在しているのだから。




