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最初の魔法

僕は目の前のスライムに渾身の魔法を一撃放ち、スライムはそれを受け止める。

それで僕がスライムを倒せたら、僕の勝ち。

倒せなかったら、お互い万事休して、この状態が永遠に続くだけ。

スライムが投げかけた提案はこうだった。

…スライムが罠など仕掛けていなければ、一見、僕に得しかないような提案だ。


スライムは自信に満ち溢れた様子で、僕の攻撃を待っている。周囲を熱で溶かし、空気を灼きながら。

…僕は考えていた。仮にこのスライムに魔法を放つとして、どの魔法にするのか。そもそも、スライムの提案なんて無視して、魔法なんて撃たずに、自らスライムに近づき、不意打ちを仕掛けるのか。

後者はやはり難しそうだ。この強烈な熱と光に阻まれる。

…スライムの言うとおりならば、この熱は魔法によるものなのだろう。だが、このスライムの使っているような魔法は、今まで見たことがないな。

基本的に魔法は、空気中の魔力を変換する技術のため、例えば身体能力を著しく向上させるなど、自分自身の身体の特性を変化させることは出来ない。しかしながらこのスライムは、自身が熱を発しているように見える。明らかに、スライム自身の特性を変えている。

もしかするとこれも、モンスターである「魔法種」だからできることなのかも知れない。身体が魔力自体でできているのならば、魔法技術を活かし、自分の体そのものを操る事も可能なのだろう。

とりあえず。

今はこのスライムの提案に従い、自分の出せる最大の、渾身の魔法を放つとしよう。


では問題は、何の魔法を放つかという点だ。


魔法は炎、水、風、雷、土、光、闇の七属性がで構成されている。また、炎、水、風、雷、土属性は「一般属性」、闇と光属性は「特殊属性」と言われている。そして僕が使えるのは、光を除いた六属性だ(光属性の魔法は、先天的に、使える人間が限られている。回復魔法の土台となる大切な属性だが、僕は生まれつき使えない)。

まずこの中でどの属性を選ぶかだが…。

水属性は、広範囲にわたり攻撃ができ、守りにも優れた使い勝手のよい魔法が多い。それに、スライムの使っているであろう炎属性魔法と対になる属性のため、相性も良い。しかし、今回のように一発大きな魔法を打ち込むとなると、今ひとつ火力にかける。

その点、炎属性と雷属性は一発の火力は高い。今回のように一撃大きな魔法を食らわすとなると、最も頼りになる属性だろう。

だが問題は、目の前のスライムが、炎や光といった類の攻撃に耐性をもっている可能性があるということだ。スライム自身が熱を発しているのだから、原理は分からないが、それらに対しては耐えられる体のつくりを、魔法を取得する過程で手に入れたのではないだろうか。

また、土属性魔法は、ダンジョンのなかで使うには不向きだと言われている。四方が「土」に覆われているダンジョンでは、空気中の土属性魔力をコントロールするのが難しいのだ。

風属性魔法は、水属性魔法と同じく、単発の火力は低い。また、水属性魔法のように広範囲に攻撃できるわけでも、防御に優れているわけでもない。

しかし、風属性魔法は他の属性と組み合わせることで真価を発揮する。風属性は一般属性のどの属性とも相性がよく、その威力を著しく増幅させる。

ならばここは、炎属性と対する属性の水属性魔法に、風属性魔法を組み合わせ、威力を増幅させ放つことにしよう。二つの属性の魔法を使うのは複雑な技術を必要とするが、その分威力も見込めるはずだ。

ただ…。

一つ気掛かりなことがある。僕の攻撃で、スライムの傍の扉のなかにいるという、ロイドにまで危害が加わるのではないかという懸念だ。

スライムの言葉を信じるなら、あの扉の向こうには、行方不明のロイドがいるはずだ。しかし攻撃範囲の広い水属性魔法を使えば、ロイドまで巻き込まれるかも知れない。

僕は迷う。

何か、ロイドのいるという扉を攻撃しないような方法で、確実にスライムにダメージを与えられる方法はないだろうか?


「オイ、モウマチクタビレタゾ。」


そう考えていたとき、不意に声がした。

その声の主は、もちろんスライムである。


「アンマリオソイヨウナラ、コノトビラノオクニイル、ロイド、ガア(・)ブ(・)ナ(・)イ(・)ゾ。」

「…。どういう意味だ…。」

「ロイド、ハ、タイセツナジッケンザイリョウ。デモ、ウ(・)デ(・)ノイチニホン、ナ(・)ク(・)テ(・)モ(・)カ(・)マ(・)ワ(・)ナ(・)イ(・)。」

「…っ…!」


そもそも、あの扉の向こうに、ロイドがいるという確証はない。このスライムが僕を動揺させようとハッタリを言っている可能性もある。

だが、絶対に、スライムの扉の奥にいないという確証もない。それに、スライムは「冒険者」がここに来たと言っていた。ロイドについて、このスライムが、何か知っていることがあるのは明白だ。


何にせよ時間がない。ここは、ロイドに危害が加わるリスクはあるものの、やはり水属性と風属性の複合魔法を使うべきだろう。

そう思い、僕は愛剣に手をかけた。剣というモノを介して魔法を放つことで、狙いが定まりやすくなる。


ドクン、ドクン、ドクン…


「…!!」


しかし、鞘から僅かに刀身を引き摺り出したところで、剣から一定周期の音を感じた。…いや、「音」なんて抽象的な振動ではない。もっとこう…剣そのものから生命を感じるような…。

…そうだ。例えるならば、これは剣の「鼓動」だ。


ドクン、ドクン、ドクン…


なんだこの感覚?剣からとてつもなく大きな鼓動が伝わる。感情が伝わる。まるで僕と会話しているかのように、この剣が僕と共鳴している。


ドクン、ドクン、ドクン…


剣は、僕の心を見透かし、すべてを知り尽くしているかのように、その身を揺らす。

熱い。…身体が熱い。熱い、熱い。

このスライムの放つ、熱気よりもずっとずっと。


          熱い。


とめどない思考が、最適解を導き出すまで、その熱は続いた。



僕は古びた記憶の中の出来事を思い出した。家族で過ごした自宅の庭での記憶。

確かこれは、僕が初めて魔法を使えるようになったときの話だ。


ヒュウウゥゥ…


庭で父に剣術を習っていたときだった。魔術に関する知識を学ぶのは当時から好きだったが、剣術は大嫌いだったから、僕は休憩ばかり取っていた。

その休憩の合間に、僕は家にあった魔術書に乗っていた詠唱を、片っ端から唱えていた。すると、不意に木刀の剣先から、煙のように弱々しい何かが飛び出した。それが、僕にとっての最初の魔法だった。

初めて出た魔法は、ヒョロヒョロと音を立て、今にも消え入りそうな軌道を描きながら、三メートル程先の、庭の花壇に落ちた。

今思えば笑ってしまうほど貧弱な魔法だったが、初めて自分自身の手で魔法を打ち出せた事実が、当時の僕にとっては、堪らなく嬉しかった。


「父さん!見てた!?今変なものが剣から出たよ!いつも父さんが使っているやつみたいな!もしかして、これが『魔法』ってやつ?

…父さん?聞いてる?」


しかし、大喜びではしゃぐ僕とは対照的に、父さんの反応はどこか鈍かった。

僕は不安になり、父さんに向かって手を振り、焦点の合っていないその瞳を、何とか僕の方へ近づけようとする。


「ん…ああ、もちろん見てたさ。凄いじゃないか。流石オレの息子だ。」

「でしょでしょ!…なんか反応薄くない?」

「いや?そんなことないけど。別に。」

「明らかにテンション低いじゃん。もしかして、何かうまくいってないところがあった?」

「そんなことはないさ。けどな…。なんというか、その…。いや、言(・)お(・)う(・)。…アーシュ、この前魔法の七属性については話したよな。」

「…?うん、確か、炎とか水とかってやつでしょ?」

「そうだ。─じゃあ問題。今アーシュが使った魔法は、なんて属性の魔法だと思う?」

「…うーん。水属性かな?」

「残念不正解。水属性魔法はもう少し魔法が澄んでいる。」

「じゃあ、雷属性?」

「違うんだな。」

「じゃあ風属性?」

「残念違う。」

「炎属性?」

「残念。」

「風属性?」

「残念、全部違う。─アーシュが今使ったのは、

『闇属性魔法』だ。」



ガシァァアアン…


気づけば僕は、自身の両手から剣を落としていた。


「ン?ブキヲオトシタノカ?モシカシテ、オジケズイタノカ?」


そういうモンスターは言うが、僕は突然に脳内に走馬灯のように繰り出された記憶を理解するので精一杯だった。


─闇属性魔法。

それは世間一般的に、「最も不遇な魔法」と呼ばれている。

何しろこの魔法はモンスター相手には使えないのだから。

闇属性魔法とは、相手の精神を操作し、支配することが可能な魔法だ。光属性魔法と対になる魔法で、相手を「破壊」するために存在する魔法である。この魔法は相手の持つ情報を操作し、一時的に混乱状態に陥れる事ができる。一見強力そうな魔法だ。

しかし、この魔法は、「一定水準以上の知能を持つ生物にしか効果を発揮しない」という致命的な欠点があるのだ。

だから、人ほど高い知性を兼ね備えていない魔物に、闇属性魔法は全く意味がない。

さらに、人間に闇属性魔法を使い、いいように操ろうとする、悪人をを取り締まるためにも、町中での闇属性魔法の使用は固く禁じられている。

つまり使えない。ダンジョンでも地上でも使えない。

それが、闇属性魔法が「最も不遇な魔法」と呼ばれる所以である。



…なんでこんな事を思い出したんだろう、僕は。

初めての僕の魔法は、闇属性魔法という全く使えない代物だった。実際、父の反応も鈍く、僕にとっても、あまり嬉しくない魔法デビューとなった。そのためこの記憶には奥底で固く封をしたはずだった。

…僕は落とした愛剣を拾い上げようと、もう一度柄に触れる。しかし、先程感じた、「鼓動」は感じなかった。



「オイオイ、ドウシタンダ。ショウブヲアキラメルノカ!?」


そういうスライムの声で、はっと我に返る。そうだ、こんな事を思い出したって意味なんかない。早く水と風の複合魔法で攻撃を…。

そう思い、僕は剣をギュッと握りしめる。

…違う。何かが違う。これじゃない。

何かが引っかかる。



─闇属性魔法は知(・)性(・)の(・)低(・)い(・)魔物には効果がない。



そうだ。

ならば、知性の高い魔物がいたのなら?


もし魔法を使う魔物がいたのなら?


「魔法種」相手ならば?


闇属性魔法は、精神を支配する凶暴な魔法と成る。


そういうことか?アルシャイン?

─もしかしてお前は、このことを僕に気づいてほしくて、僕に記(・)憶(・)を見せたのか?


僕の心に呼応するように、その剣先は瞬き、目の前に堂々と居座るスライムに狙いを定めた。

闇属性魔法ならば、水属性魔法に比べてずっと攻撃範囲が狭い。

ロイドの心配をする必要はない。


「オ!カクゴヲキメタカ!ハヤク─。」

「染黒(ブレイン・ウォッシュ)!!」


スライムが何か言い切る前に、僕は渾身の闇属性魔法をぶっ放した。


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