転移先のモンスター
僕の目の前には、揺らぐことのない絶壁がある。来る者を拒む、鉄の扉だ。僕が転移した階層を探し回った末、最終的に、この扉にたどり着いた。
扉から感じる、底知れない威圧感、恐怖、圧迫、計り知れない重圧、そして─。
?なんだこれ…?音?
ガボッ ゴボ… ゴボッボッ…ジュウウウ…
─微かに、扉の奥から何かが蒸発するような音が聞こえる。ダンジョンでは、聞いたことのないような音だ。
「なんだこれ?気味が悪いな…。」
そう思いつつ、僕は思い切りよく、その重い重い鉄の戸を押した。扉の奥はまだ未知数だが、留まっている暇はない。ロイドが本当にこの扉の奥にいるのだとしたら、事態は一刻を争うはずだ。
ギィィ…ゴォォォン!
扉は、ダンジョンに轟く重低音とともに、勢いよく開かれる。
─そして、その瞬間、ジリジリと肌を焦がすような熱と、ひらかれた空間の奥から放たれ、太陽のような眩しさが、僕の身体を突き刺した。
「ッ…熱!水壁」
反射的に僕は、水属性魔法を発動させ、目の前に水でできた壁を作る。突然に感じた熱と光から、自分の身を守るために。それらは水の壁に吸収され、勢いを弱めた。
今僕が扉を開くと、凄まじい高温を感じた。さらに目の前には、その熱の発信源とおぼしき、発光する物体が目に入った。物体は、僕の背丈の三倍ほどの大きさで、まるでこのダンジョン一体を支配しているかのように巨大だった。しかも物体の周りの地面は、その物体の、あまりの熱で蒸発している。
ガボッ ゴボ… ゴボ…
扉の前から聞こえてきた音の正体はこれだったのか…。
─それにしても、あの物体は一体なんだ?
僕は水の壁越しに、もう一度、熱と光源であるその物体を見る。物体は、やはりギラギラと光を放ち続けており、熱を発生させ…。
ズ…ズシィィィン…
そして、その物体は、地を揺らして僅かに動いた。
動いた…?自分の意思で?
ということはこの物体は、一つの生命体なのか?だとしたらモンスター?
でも、こんな姿形をしたモンスターは見たことがない。もしかすると新種か?ここはかなりの深層であることは間違い無いだろうし、発見されていないモンスターがいても不思議じゃない…。
「オイ、ニンゲン。」
…え?
「ソコノニンゲンダ、キコエテルノカ。ヘンジシロ。」
…そのカタコトな言葉はもちろん、僕の口からでたものではない。
それは、今僕の視線の先にいる一つの生命体から出た言葉だ。
「キイテルノカ!」
「あ、はい!」
反射的に返事をしてしまった。この謎の生命体の言葉に。謎の生命体…いや、よく見ると口のようなものが見える。それに全体を見れば、なんとなく体が丸っこくて…ぷにぷにしていて…。あれ…?
「…まさかお前、スライムか?」
「スライム…?アア、オマエラニンゲンハ、オレサマノコトヲ、ソウヨブミタイダナ。」
「本当にスラ…、いやていうかお前なんで普通に会話できているんだよ!?」
「ソレハオレサマ、テンサイダカラダ。」
「はあ!?」
「テンサイダカラダ!」
そして気づけば僕は、その生命体、いや恐らくスライムと、普通に会話していた。
「天才って…?お前ももしかして『魔法種』なのか…?」
喋るスライム。つまり知性が他より圧倒的に高いスライム。そう言われて一番最初に頭に浮かんだのは、「魔法種」の存在だった。魔法種はその高い知性から、人間のように魔法を自在に操る事ができるのである。
「マホウシュ…?ソレハ、ハジメテキイタコトバダナ。アノオトコカラハ、キカナカッタコトバダ。」
「あの男…?…まさか、ロイドのことか!?」
「ロイド、トイウノハ、アノオトコのナカ?サア、ナハ、キイテナイカラシランナ。ボウケンシャ、トハイッテイタガ。」
「冒険者…。やっぱりロイドか…。」
「オマエモ、ボウケンシャ、カ?」
「…ああ、そうだ。ロイドを探してここまでやってきた。」
「ソウカ。ロイド、ハ、タイセツナオレサマノジッケンザイリョウダ。イマハ、ソコノトビラノオクニイル。」
見ると、巨大なスライムの近くには、入口ほどではないものの、頑丈に閉ざされた鉄の扉がある。
「実験材料だって?実験って…お前、何をしようとしているんだ!」
「…カンタンナコトダ。オレサマハ、モットマホウガシリタイノダ。」
「魔法が知りたい?」
「ソウダ。オレサマハ、ソノヘンノマモノドモトハチガウ。トクベツナサイノウヲモッテイル。タマニヤッテクルボウケンシャノハナスオトカラ、コトバヲリカイシテ、ヒヲアヤツレルヨウニナッタ。」
「だから…お前は火を纏っているのか…。」
「ソノトオリ。オレサマハ、モット、タクサンマホウヲシリタイ。ダカラ、ロイド、ノツカウマホウヲシラベテ、オレサマモツカエルヨウニスル!」
「…そうはさせないよ。僕はロイドさんを助け出す使命があるんだ!」
「ナラ、ドウスル?チカラズクデ、ロイド、ヲウバイニクルカ?オマエガオレサマニカテルノカ?」
目の前のスライムは言った。勝負を挑めと。
…僕に勝てるのか?近づくことすら出来ないこのスライムに。初めて出会った、言葉を発し会話できるスライムに。
いや、勝てるかどうかじゃない。
勝つんだ。ロイドが、助けを求める人がそこにいるのなら。
「ああ、そうだ。僕は必ずお前に勝つ!どこからでもかかって来い!」
「イセイダケハイイナ!オマエノホウカラカカッテコイ!」
「威勢だけじゃない!僕はこれでもAランク冒険者だ!かかって来い!」
「オレサマダッテ、マホウガツカエルテンサイダ!早くかかってこい!」
「お前の方から来い!」
「イイヤオマエカラ!」
「お前から!」
「オマエカラ!」
「どうぞお前から!」
「イヤオマエカラ!」
「ナンデコナインダ!」
二十回近く続いたこのやり取りだったが、とうとうスライムのほうが音を上げた。
「いやだって…正直お前が熱を発してるから近づきにくいんだよ。お前の方から来いよ。」
「オレサマハ…ソノ…アノ…。ウゴケナインダ。カラダガセイチョウシスギタ。」
「え?体が成長しすぎた?」
「…ソウダヨ!マホウヲツカイツヅケタキタラ、コンナニデカクナッテホトンドウゴケナインダヨ!サッキウゴイタノデセイイッパイダ。」
魔法の使いすぎで成長した?
…確かに魔物というのは、魔力を糧に発生している。その魔物が魔法を使った場合、魔力を消費しきれず、体内に蓄積されるということもあるのかもしれない。
「お前、動けないのか…。」
「…ソウダヨ、ワルイカヨ。ドウスルンダヨ。コレジャショウブツカナイジャンカヨ。」
「そんな事を言われても…。」
「…ソウダ!」
すると突然、スライムは突然叫び声を上げた。
「オマエ、オレサマニ、コンシンノマホウヲハナテ。タダシ、イッパツダケ。ソレデオレサマヲタオセタラ、コノショウブオマエノカチダ。」
「倒せなかったら…?」
「コノジョウタイガエイエンニツヅクダケダ。」
…なんだこの提案。僕に得しかないじゃないか。
「分かった。その提案のもう!」
「ヨシキタ!」
もしかしてこのスライム、意外とポンコツなのだろうか?




