決着
僕が放った闇属性魔法は、高い音を立て、軌跡を描きながら、スライムに突き刺さった。
「グ!?ナンダ…?コノマホウハ?」
そして今まで堂々と振る舞っていたスライムが、混乱の色を浮かべた。
僕の放った闇属性魔法、「染黒」は、相手を一時的に混乱状態に陥らせ、内部から精神を破壊するという、闇属性の特徴を色濃く反映した魔法だ。僕が初めて習得した魔法でもある。
…正直、もう何年も使っていないこの魔法を使えるか不安だったが、考えすぎだったようだ。魔法は、まるで僕の身体に染み付いていたかのように、いとも簡単に放つことができた。
「ググッ…コレハ…。」
スライムは、恐らく未知であろう闇属性魔法をくらい、ひどく混乱している。が、段々その動きが鈍くなってきた。個体として固まっていた身体が、少しずつ液状化してきていた。これは、スライムが過度なダメージやストレスを与えられたときに見られる状態だ。
いよいよスライムがものを言えなくなったころ、スライムの発している熱が弱まっていくのを感じた。スライムの衰弱により、魔力にも影響が出たのだろう。
この隙を見流さず、僕は岩盤に足跡が残るほどに力強く地を蹴り上げ、スライムに接近し、そして大剣をスライムに突き刺した。
「グッ!…。」
スライムは小さな叫び声を上げた後、完全に動かなくなった。
それを見て僕は、スライムの身体から剣を引き抜き、やっと息をつく。緊迫感のある戦闘は疲れる。体力と精神力の両方がもっていかれる。冒険者のなかには、闘いを生きがいとする戦闘狂もいるみたいだが…。
「イイ…イイマホウダナ…。」
その時、ぐったりと地に平たくなっているスライムが、微かな音を発した。
まだ生きていたのか…。
トドメを刺そうと僕は、もう一度スライムに剣を向け、魔法を放とうとする。
「マテ…。イマノ…。イマノマホウノナハナントイウンダ。」
しかし唐突に、そのスライムから問われた。
「今の魔法?妙なことを聞くんだな…。今の魔法は『染黒』いうものだよ。僕が最初に覚えた魔法だ。」
「ソウカ…。ソンナマホウガアルノカ。…アノカタはオシエテクレナカッタナ。」
スライムはどこか意味深に、「あの方」と口にした。
「ん…?あの方?あの方っていったい誰だよ?」
「サアナ…。ソンナコトハドウデモイイ。ソレヨリオレサマニ、モット、ソノマホウニツイテ、クワシクオシエロ。」
「…悪いがもうじき息絶える奴に、そんなこと教えても意味はないな。今は一刻も早く、この扉の奥のロイドを助けたいしな。」
僕は振り向き、背後にある扉に親指を向ける。そして扉に手をかけ、剣で無理やりこじ開けようとする。
「アア、ソノトビラノオクニハ、ダレモイナイゾ。」
「…え?」
だがスライムは、まるでそれが当然かのように、不意にそう言った。
「どういうことだ!本当は、ロイドはどこにいる!?」
「オマエノマエニキタボウケンシャハ、オレサマヲミルト、ソソクサニゲカエッテイッタゾ。イマハモットウエノカイソウニ、イルンジャナイカ?」
「何だって?」
僕は思い切り、扉を剣で切り裂き中をのぞくが、そこはもぬけの殻で、人ひとりいやしなかった。
「な…。なんで…?じゃあなんで、ここにロイドがいるなんて嘘をついたんだ!」
そう訊くが。
「…オレサマハ、マホウガスキダ。」
スライムは突拍子もないことを言い始めた。
「は…?」
「ヒトノツカウ『マホウ』ト『コトバ』ヲ、アノカタカラ、オシエテモラッタアノヒカラ、オレサマハ、マホウガスキニナッタ。オレサマハ、スグニマホウヲツカイタクナッタ。デモ、ウマクイカナカッタ。ドレダケレンシュウシテモ、オレサマハ、ウマク、マホウガツカエナカッタ。
…マゾク、ダカラダロウナ。」
スライムは、悲壮に満ち溢れた雰囲気を漂わせた。もしスライムに顔があったのなら、多分眉毛はへの字に曲がっていただろう。
スライムはさらにこう続けた。
「オレサマハ、ホントウノマホウガ、ニンゲンノツカウマホウガ、シリタカッタ…。ニンゲンガハナツ、ゼンリョクノマホウヲ、コノミニ、ウケテミタカッタ。」
「だから、僕に嘘をついて、全力の魔法を撃たせたのか?」
「ソノトオリ。ニンゲン、タイセツナダレカヲマモルトキ、イチバンゼンリョクニナルラシイ。…フシギナモンダナ。ニンゲンハ。ジブンデモナク、ソンザイモフタシカナ、タニンヲマモルナンテ。…バカバカシイ。」
そのスライムの言葉は、どこか核心を突いているようで、僕は何か液体に、全身を撫で回されたように、嫌な気持ちになる。
「だから何だ?僕達人間は愚かで滑稽な存在だ、とでも言いたいのか?」
その不快感を紛らわすように、僕はスライムに問いを投げかける。
「イイヤ、チガウナ。」
スライムは最後の力を言葉に変換するように言った。
「─ダカラニンゲンハ、オモシロイ。」
そういうスライムの身体は、完全に液体と化し、もう動くことはなかった。
しばらくして僕は、ダンジョンの中を駆けていた。スライムの言うとおりなら、ロイドは今もダンジョン内のどこかで、地上を目指して進んでいるはずだからだ。
─説明が遅れたが、ダンジョンから帰還する際は、基本的にその足で来た道を戻るしかない。しかし、ダンジョンから帰る途中に、モンスターが襲ってくるということはほぼない。その理由は、ダンジョンという地形の特性にある。
ダンジョン内のモンスターには、本能的に、下の階層のモンスターの方が、上の階層のモンスターより強く、立場が上だという認識が備わっている。細かいことはよく分かっていないが、この本能は、ダンジョン内のモンスターの無駄な抗争を防ぐためにあるとされている。
また、モンスターの視力は微弱で、モンスターと人間の区別すらつかないほどだと言われている。
そのため、モンスターは下の階層から上の階層に上がって来た人間でも、立場が上のモンスターだと勘違いする。だからこちらから干渉しない限りは、モンスターが襲ってくることはない。
そのため、地下から地上を目指すロイドがモンスターに襲われる心配はあまりしていない。
しかし、餓死や過労死の危険は否めない。僕は一刻も早く、ロイドが見つかることを願う。
何処かでロイドが倒れていないだろうか。
「…痛ッ!!」
そんな事を考えていたら、突然に、脳内から響くような頭痛に襲われ、僕は思わず足を止めた。
…思い出した。
闇属性魔法は相手の精神を操作できる分、使うと、自分の脳や精神にも影響が出る。この頭痛がいい例だ。初めて闇属性魔法を使った時も、しばらくして頭が割れるように痛くなった。
さらに、この魔法を酷使すると、自分の記憶の混乱や喪失にもつながると聞いたことがある。
あまり気軽に使える魔法ではないな。
そう思いつつ、僕はロイドのために足を動かし、ひたすらにダンジョンを駆ける。
大丈夫だろうか。ここまでして、ロイドがもし無事ではなかったら。もう手遅れになっていたら…。と不安になったが。
「おう!アーシュじゃないか!まさかこんなとこで会うとはな!」
杞憂だったようだ。
「え?ロイド?なんでここに…?」
「あ!アーシュ!来てくれたんですね!今日はお客様が二人も来てくれて嬉しいです!」
ロイドは危険とはまるで無縁そうな、内装だけ見れば至って普通のカフェの中にいたのだから。
「しっかし、こんな深層にカフェなんてなあ!もう笑っちまうぜ!はっはっはっ!」
「いやいやいやロイド!なんでこんなところに!?ずっと心配していたんですよ。」
「え?そうなのか?ワリィワリィ。」
「もう地上では、捜索隊まで組まれて、ロイドのことを探していたんですよ!」
「え、マジ?そんな大変なことに?」
「本当ですよ!今までどこにいたんですか!」
「それがよ…。実は転移トラップに引っかかっちまってな。転移先で、わけの分からないスライムに勝負を挑まれて。俺に渾身の魔法を放て!って。で、勝てそうになかったから、俺はタイミングを見計らって、逃げ帰ってきたわけよ。逃げるが勝ちだ。」
…わけの分からないスライムというのは、あのスライムのことを言っているのだろう。
「そ、それは大変でしたね。このカフェにはどうやって来たんですか?」
「それがなあ…。地上目指して歩いていたんだが、流石に疲れてね。食料はあったが、かったいパンばっかで…。何かせめて休めるところでも、そうだなあ…、カフェなんてあったらなあ…、と思ってたら、いつの間にかここにたどり着いたってわけさ。最初は幻かと思ったよ。」
そう言って笑うロイドが、取り敢えず元気そうでなりよりだ。
「アーシュ、何かご注文はありますか?」
そう思っていたら、フロールが話しかけてきた。そういえばお腹が減った。
「じゃあ…、いつもので。」
「かしこまりました!」
そう言うと、フロールはいつも通りにこやかな笑顔で駆けていった。
「アーシュ、『いつもの』っていうのは?」
すると、ロイドが怪訝そうな顔をしながら、僕に疑問を投げかけてきたので、僕は待ってましたとばかりに答える。
「ああ、いつも頼んでるやつってことですよ。一応、この店の『じょーれん』なんで。」
「…はあ?そ、そうなのか…?」
だがロイドは変わらず怪訝そうな顔をして、僕のことを見つめていた。
程なくしてやってきた、「いつもの」を頬張りながら、僕はカフェの中ですっかりくつろいでいた。ついでに、ロイドという人間についても詳しく知れた。
「そこで、俺が思い切り剣を振るって、間一髪で仲間を救ったってわけさ!」
「へぇー!すごいです!」
ロイドがさっきからフロールに、絶え間なく自身の武勇伝的なのを語っているからだ。
…いつの間に仲良くなったんだこの二人。
僕はなんだか、自分の数少ない隠れ家を、ロイドに見つけられてしまったような気がして、どこか悔しさに近い感情が芽生えてくる。
「アーシュも聞きたいか!オレの武勇伝!っていっても、そんな大したものじゃないけどな!」
でも、カフェの中が賑やかなのも、それはそれでいい気がするのだ。




