5話 死神
「シアン。」
「ここに。」
いのりが自室から外を眺めながら名を口にすると、どこからともなくシアンが現れる。
「明日ね。」
いのりは頭上のクリアワールドを眺める。
「明日、クリアワールドは私の手中に堕ちるわ。」
「皆もそれを望んでおります。」
シアンは今までの人懐っこい態度を捨て、恭しくいのりから距離を保ちながらかしづいていた。
「しかし、伴を私以外誰もつけないとは、いささか不用心では?」
「ここの魔物を連れていけば、街をいたずらに破壊してしまうわ。それは許さない。街の破壊を極限まで抑えて、美しい姿のまま私のものにするの。」
うっそりと微笑みながら、顎に右手を当てるいのり。
「魔力コントロールなら、あれから鍛えたわ。初めは持て余してた力もクリアワールドの住人を全員殺すぐらいには持ち直した。
世界ひとつ堕とすぐらい造作もない。それでも、あなたは私を信じないのかしら?」
いのりは目を細めてシアンを睨みつける。
「滅相もありません。」
シアンは先程より深々と頭を下げる。
「それならいいわ。ただ、シアン?」
いのりは話を続ける。
「あなたは私に隠してることはないでしょうね?」
いのりが魔力で圧をかける。シアンは一瞬視界がくらんだ。
「とんでもありません、いのり様。」
シアンは声を絞り出す。
いのりの反応がないので心臓が飛び出しそうだったが、ややあってなにかに柔らかく包まれる。
「そうよね。あなたが私を欺くわけないわよね。」
いのりの胸元には先日シアンが市場で買ったペンダントが光る。
「私のシアン。明日になればあの美しい街は私たちのものよ。そうすればあの日の幸せの中にずっといられる。それが今から楽しみだわ。」
狂っている。シアンはそう思っていても逃げ出せなかった。恐怖からなのか、自分だけに向けられる歪んだ愛情を手放せないのか、それとも、あの日一緒に陽の当たるところで笑いあった記憶からか。
後日
「ここは2度目ね。」
クリアワールドのはずれの公園に転移するいのりとシアン。
「本当にいのり様だけで制圧を?クリアワールドの住人からの抵抗もあるかと思いますが。」
「ないわ、そんなもの。」
いのりは手のひらをかざすと力を込める。手のひらには赤黒い何かが生まれる。球状のそれは徐々に大きさを増していき、最終的にはいのりの手のひらより大きくなった。
いのりはにやりと笑うと、球は空高く上がる。
「やりなさい。」
その言葉を皮切りに、球は銃弾のようなものを次々と発射する。
「ぎゃああああ!!!」
「な、何これ!!」
「て、敵しゅっ……!」
「に、逃げっ……!!」
町中から阿鼻叫喚が響き渡る。シアンは理解した。いのりがクレイジーランドの兵隊を必要としなかった理由を。
本当に必要なかったのだ。住人を全滅させるだけなら、いのり1人で事足りるほど、力の差は圧倒的だった。
叫び声はあがっては消え、あがっては消え、徐々に小さくなる。ここまでとは思っていなかったシアンは震えが止まらない。
「ま、魔女め……!」
正面から負傷した騎士が出てくる。
(王宮騎士団……!)
もちろんクリアワールドにも軍隊はある。各地域の富豪が個別に雇っているものもあるが、王宮騎士団は別格だ。彼らがクレイジーランドからの侵略を常に警戒して鍛錬を重ね、ひとつしかない出入口を塞いでいるからクレイジーランドは手を出せなかったわけで。
「消えなさい。」
騎士は発火したかと思うと、体は塵と消えた。シアンもここまで圧倒的だとは思わなかったので、体が小刻みに震えている。
「さて、掃除は終わったかしらね。」
いのりは街の中心部へと歩いていく。街はほとんど傷ついていない。窓ガラスが割れたり外壁が一部欠けたりはしているが、下を見れば転がっている死体の山と比べたら些末なものである。
「さて、シアン。クリアワールドは私のものになったわけだけど。」
「はい。お見事です。女王様。」
「なんであなた達はクリアワールドが欲しいのかしら?」
「そ、それはそれこそが我々クレイジーランドの住民の悲願だと……。」
「嘘。それだけじゃないでしょう?」
「なっ……!?」
いのりはシアンの手を掴む。シアンは後ろに下がろうとしたが間に合わない。そのまま2人はその場から姿を消した。
「こ、ここは……!」
クリアワールド中心の教会の祭壇前。シアンの顔には冷や汗が吹き出てきた。
「クレイジーランドの住民がクリアワールドを欲しがるとは思えないわ。
暗がり、瘴気、魔物の肉。それがクレイジーランドの住民の糧。でもクリアワールドには一切それはないわ。
資源が豊富と言うけど鉄やエネルギーを手にしたところでクレイジーランドには活かす技術もない。
ならば本当の理由はもっと別のこと。例えば女王の真の復活。証拠なら、ここにあるわ!」
いのりは引き剥がすように床の一部をめくりあげる。そこには棺桶が収まっていた。
シアンの世界から音が消える。
「クリアワールドの神職が何重にも封印を施していた呪物。これが欲しかったんでしょう!?」
棺桶を開けると、いのりそっくりの女性が横たわっていた。
続く




