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3話 破滅の足音

「お、お許しください女王さまあ!!」


屈強な魔物が次々と頭を地面に擦り付ける。先にいるのは血まみれのいのり。いのりの瞳が宿していたものは、どこまでも空虚だった──────。



3話 破滅の足音



その日の朝。自室で起床したいのりはテーブルの上に目をやり、パンやコンソメスープ、サラダ、チキンに目をやる。

クレイジーランドで出てくる食事は初日でいのりが想像したもの(目玉のスープ、コウモリの姿焼きなど)とは異なり、ごく普通だった。

恐らくロマがいのりの舌に合わせるよう指示してるのだろう。いのりは最初こそ警戒していたが、空腹には抗えず今では普通に食事をとっている。


「(でも、何をどうしたらいいか全くわからない……。)」


いのりはパンをかじりながら、がっくりうなだれる。

クレイジーランドには日付という概念がないので、いのりが召喚されてから何日経ったかは分からない。だが、いのりの警戒に反して今日までロマや他の魔物からの動きはなかった。

おかげでいのりは一安心したが、元の世界にもどる算段もない。図書室に足を運んだが、異世界転移に関する書籍はなかった。

ロマに聞いても無駄だろう、魔物に聞いても同じことだと分かっているから、いのりはそれをしない。


(あの白髪男、最初にちょっかいだけかけて全然顔出さないじゃない……!)


唯一まともな会話をした相手であるが、いのりはあれ以来白髪の男を見ていない。

何か知っているような素振りだったくせに使えない。いのりは心の中で毒づきながらミルクを飲み干す。

はあ、とため息をついたその瞬間、部屋のドアがバァンと開く。


「あ、あんた!」


いのりの目の先にいたのは、あの白髪の男だった。


「人に散々ちょっかいかけて何を今まで……!」


「いのり様!俺と逃げましょう!」


「はあ!?」


白髪の男はいのりの腕を掴むと、ぐいっと引っ張っていのりを連れ出した。


「は、離して!何を!」


「話は後!」


廊下を走り、館を飛び出し、森へ逃げ込んだ。眼下の闇はいのり達を奥へ奥へと誘う。


「はー、ちょっと休憩。」


いのりは白髪の男が腰を下ろしてる間、自分の両手をじっと見つめていた。


(疲れてない……。)


いのりは日に日に自分の力の異常さに気づいていた。いくら動いても疲れなければ息もきれない。ためしに目の前に飛んだハエにびっと指を向けたら、赤い光線が出てハエは焼け死んだ。


(どんどん人じゃなくなっていく──────!)


ゾクリと悪寒がしてまくし立てた。


「ど、どうやったらこの世界から出られるの!?」


「へえ?言ったでしょう?クリアワールドを滅ぼせばいいって。」


「それじゃ私が化け物みたいじゃない!」


「もー。だから言ったじゃないですか。愛人のひとりでも作ったらいいって。」


「ふざけてんじゃないわよ!」


思い切りビンタをしようとした手がびたっと止まる。


(この手をふるったら殺しちゃうかもしれない……。)


初日のことを思い出す。自分の手で黒焦げにした男。一時の安定を得ていたいのりの心を揺さぶる。


「な、なんか抜け道とかあるでしょう!?」


「俺が知ってるわけないじゃないですか。ロマ様ならともかく。」


「ろ、ロマなら知ってるのね!?」


「可能性の話ですよ?俺みたいな下っ端じゃ何も知らされてないんですから。」


「そ、そんな……。」


へなへなと地面にへたり込む。この男もだめだった。本当に選択肢は無いのか?見ず知らずの世界を滅ぼすか、このイカれた世界で一生暮らすか──────?

さっきまで平静だった息が上がり、涙がボロボロ出てくる。嫌、嫌、もう帰りたい───────。


「いのり様って、俺と似てますよね。」


「へ?」


いのりは気の抜けた声を上げた。


「弱いのに気も弱くて、寂しがり屋で、意地っ張りで。それでも必死に意地を張って立ってるんですよね。」


「なっ、褒めてないじゃない!」


「ははっ、いいじゃないですか。可愛くて。」


「かわっ……!」


白髪の男は一歩だけ距離を詰める。一瞬だけいのりの手を見つめた。理解が追いつかない間に、いのりの手にキスをする。


「なっ……!」


「一人で耐える必要、あります?」


いのりの胸がつきっと傷んだ。


「俺じゃダメですか?」


「俺じゃ、いのり様の涙を止められませんか?」


悲しげにいのりの目を見つめる。


「な、何言って──────。」


「俺ならいのり様が望めばそばにいられます。何もできませんけど、他愛のない話ならできますよ。浮かんでる月の話とか、庭の話とか、食事の話とか。そういうなんでもない存在、いのり様には必要でしょう。」


いのりの頬から雫が零れる。


(私は、バカなんだろうか?)


極限状態の中、それも悪くないと思い始めていた。この世界でいのりがまともに会話できるのはこの男だけ。一人より全然いい。一人より─────。


「わあーーーー!!!!」


いのりは子供のようにわんわん泣き出した。男がその間優しく背中をぽんぽんと添えるので、余計涙が止まらなかった。


「そこまで!」


キンとする高音が響く。


「いのり様をお連れしろ。」


「はっ。」


両脇のゴーレムがいのりの体を攫おうとする。


「やめろ!いのり様に触れるな。」


「はは、何処の馬の骨か知らぬが、いのり様は我々の女王様なのだ。貴様ごときが口出しするな。」


「いのり様を傷つけるな!」


男は応戦するが、放った小さな炎はゴーレムにかすり傷も負わせられない。


ゴーレムは腕を振り切り、男を殴り飛ばす。


いのりの中で、何かがキレた。


ゴオッ


刹那、ゴーレムの体は塵と消えた。


「何しに来たの?」


今までのいのりとは違った雰囲気に、ロマと男は一瞬たじろぐ。


「いえー、いのり様のお力を信じぬ不届き者が一定数おりましてね。

私としてもこんなことはしたくないんですが、いのり様の力を証明するために硫酸の池に突き落として生還させろと。」


「いらないわ。」


いのりは低い声で言い放った。


「広場に皆集めて。不届き者も全員ね。」


そこにいたのは、異世界からの迷い人ではなく、クレイジーランドの支配者だった。


──────────


「お、お許しください女王さまあ!!」


冒頭に戻る。いのりの目の前には肉片と血が飛び散っており、いのりもいくらか血を浴びていた。


(こんな奴ら、何匹殺しても一緒だった。)


いのりは自らの意思でその力を振るい、殺した。だが、心は驚くほどに動かなかった。


ふふふ、といのりは笑う。


「一同、聞きなさい!」


空気がぴしっと張り詰める。


「私が気に入らないのなら好きにすればいいわ。私は逃げも隠れもしない。死ぬ勇気があるやつだけかかってきなさい。

あなたたちの全ては私が受け止める。


なぜなら私は、クレイジーランドの女王なのだから!」


一瞬しん……とした後、魔物たちの雄叫びが上がった。

名実共にクレイジーランドの支配者が、ここに爆誕してしまった。


「ロマ。」


「はっ。」


「森で私といた男を連れてきなさい。」


「かしこまりました。」


ロマはご機嫌そうにいのりの指示に従う。


男はニコニコしながらいのりの前に表れた。


「と、とんでもないことになっちゃった……。」


「ハハハ、天下の女王様がなんて顔ですか。」


男はいのりの頬にキスをする。


「その、そばに居てくれる?愛人とかそういうのじゃなくて、とりあえず……。」


「仰せのままに。女王様。」


心の一部がクレイジーランドに染まってしまったいのり。いのりを待つのは、地獄か、生還か─────。

つづく。


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