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2話 揺れ

いのりは無我夢中で部屋の外を飛び出した。


「ぎゃああああ!!」


目に飛び込んできたのはバンジージャンプ。だが、誰にも紐がついていない。

棍棒を持ったデーモンに見張られながら人間が落ちていく。


「ひっ!」


いのりは目をつぶって走る。だが、なにかに思いっきりぶつかる。


「あんれえ?女王様?」


尻もちをついたいのりが見上げると、サイクロプスが立ちはだかっていた。しかも何か食べている。肉とか魚とかではなく、緑色で、ひきちぎれた、腕のようなもの。


「きゃああああ!!」


涙でぐしゃぐしゃになった顔をそのままに、いのりはサイクロプスを突き飛ばし、走り抜ける。


────出口、出口、出口!あるはずでしょ!早く、早く逃げなきゃ!


「おっと。」


いのりはまた何かにぶつかった。しかも今度は抱きとめられた。


「いやああああ!!離して!!離しなさいよ!!」


いのりは必死に振りほどこうとするが、力が入っていない。先程自らが出した電撃で男が死んだ光景が目から離れないのだ。


「落ち着いてください。いのり様。」


人の声だった。鈴が鳴るような、水面にそっと置いた手のような、静かな声。

おそるおそるいのりが見上げると、白髪の男が見下ろしていた。目はルビーのように赤い。布越しに伝わる冬の空気のような冷たさ。間違いなく人間ではないと分かったが、心配げにいのりの様子を伺う姿に嘘は感じられなかった。


「た、助け、て……。」


いのりの意識はそこで途切れた。



──────────



「いやー、びっくりしましたよ。召喚に成功した女王様が泣きながら走ってくるんだから。」


いのりはシルクハットの男が用意したらしい自室で、白髪の男から介抱されていた。

目が覚めてからいのりはキョロキョロと辺りを見渡す。いのりが目覚めてから見てきたものと違い、豪華な調度品。赤のカーペット、天蓋付きのベッド、まるで中性貴族のお姫様の部屋のようだ。


「それで、ここは私が住んでた世界と違って、私はあの上にある世界を潰すために呼ばれたってこと?」


いのりは窓の外の逆さまになった中世ヨーロッパの街並みを指差す。


「はい。クリアワールドの制圧はロマ様の悲願でしたから。」


ケラケラ笑いながら白髪の男は話す。ロマとはいのりが最初に会ったシルクハットの男だ。

白髪の男曰く、この世界はクレイジーランドといい、いのりの世界で言うところの地獄のようなものだと説明された。


「見ての通りここは資源にも環境にも恵まれてません。だから、クリアワールドの統合はこの世界の住人の願いなんですよ。」


机にもたれかかり、右手をひらひらさせて話す。

いのりはこの男を信用していない。軽薄、どんな嘘でもつく、それが目の前の男への印象だった。

ただ、ロマのようにいのりに人殺しをさせたり、人を突き落として平気な顔をしたりする奴らよりはまし、それだけである。


「あ、そういえばいのり様に突っ込んだ人間、死んでませんよ。」


「え?」


いのりはあんぐりと口を開けた。


「クレイジーランドの人間は頑丈でね、しかもいのり様、目覚めたばかりで本調子じゃないでしょう。流石にやられませんよ。」


……良かった。

 ──本当に?


いのりには目の前で焼けこげた人間が転がっている光景が網膜にしっかり刻まれている。しかも今のいのりの力はこんなものではないという。次は殺してしまうかもしれない。震えが止まらなかった。


「いや……帰りたい……。」


いのりはぼそっと吐き出した。


「ああ、言ってませんでしたっけ?」


白髪の男は軽く首を傾げた。


「元の世界に帰る方法、ちゃんとありますよ。」


「えっ……!?」


「簡単です。クリアワールドを滅ぼしてください。それで終わりです。」


「え?」


(帰れる……?)


一瞬、胸が軽くなった。


だがすぐに、あの光景が蘇る。


焼け焦げた人間。

落ちていく人間。


(あれを、全部……?)


「ふざけないで!そんなことするわけないでしょ!」


「えー、帰りたいなら別にいいじゃないですか。知らない人間なんだし。」


「そういう問題じゃない!」


「じゃあここに居るのもありだ。

この世界は全ていのり様のものです。この部屋の調度品から果ての木々の葉まで。何不自由なく暮らせるんですよ?」


「こんなイカれた世界でそんなもの欲しくないわよ!」


「まあ、どちらでも構いませんよ。


滅ぼすか、ここで朽ちるか――それだけですから。」


「なっ、なっ……。」


行くも地獄、戻るも地獄、嫌だ。あれだけ嫌だった社畜生活が懐かしくなってくる。

こんな世界、誰も味方じゃない。お母さんに会いたい、友達に会いたい、誰か、助けて――


「ふむ――」


「寂しいんですか?いのり様。」


「はあ!?」


訳の分からないことを、という前に、白髪の男はいのりに詰め寄り、抱き寄せた。


「なっ、なっ……!」


「男だっていのり様の思いのままですよ。誰だっていのり様の寵愛が欲しい。いのり様だって心許せる存在が欲しいでしょう。花瓶の花を愛でるぐらい誰も責めません。もちろん、私を選んでくれたら、存分にご奉仕しますよ。


――ここでは、誰もあなたを裏切りませんから。」


ふう、と耳に息を吹きかけられた。ゾクッと身体の芯に熱が灯る。

──嫌なのに、身体が反応した。


「で、出てけ変態!!!」


白髪の男を蹴り出して扉を閉める。ずるずると床に座り込んだいのりは身体を抱えていた。


「(な、なんなのあいつ!?軽薄!軽薄!ろくなもんじゃないわ!)」


心の中で罵詈雑言を吐く。


(信じる?あいつを?)


そんなもの、分からない。


でも――

この世界で、誰も信じられなかったら。


いのりは頭を抱え、うずくまった。


続く。


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