第七十六話 海の記憶
「……ここは?」
僕は気がつくと見知らぬ場所に立っていた。
視線を左へと向けると、ナナシィと子供達と遊んでいる姿が見えた。
おかしいな……僕はさっきまでナナシィと戦っていたはずなのに。
「これはナナシィの記憶なのかな?」
僕の体が半透明なのと、僕のことに全く気づいていない様子のナナシィ達を見た感じだとそうとしか考えられない。
でもどうして?
頭を傾げていると、自分の左目が青い炎を灯しているのと、右手にあるオーラを纏った剣に気がつく。
青い炎が目に宿っているってことは〈真実の蒼炎眼〉だ。これは、相手の真実を見抜き、過去の記憶を見ることができる。ということは、やっぱりこれはナナシィの過去の記憶ってことになる。
「姉さん! いつまで遊んでるんだよ!」
ナナシィが子供達と楽しそうに遊んでいると、一人の青年が呆れた顔で姿を現す。姉さんってことは……。
「ふふ。後ちょっとよ。だってこれから長い期間ここに戻ってこれないのよ? 少しでも子供達と遊んであげなくちゃ。アロットもどう?」
「俺はそこまで子供じゃないよ」
やっぱりそうなのか。ナナシィとは違い海のように深い青色の短い髪の毛に、赤い布を額に巻いており、よく鍛え上げられた筋肉は服を着ていないためよく見える。
これから長い旅に向かうというのに、呑気に遊んでいる姉を見て、左手に持っている槍の柄の部分で肩を叩いていた。
「そんなこと言って……足がうずうずしてるわよ?」
「そ、そんなことないって!!」
「アロットはまだ子供だなぁ」
「うんうん」
「お前達には言われたくない!!」
本当に楽しそうだ。よく見たら、この地形……ちょっと変わっているけどハミッテがあったところだ。
建てられている家は、木材や藁などでできており、そこへ貝殻などを飾りとして着けている。海に住む者達ならではの建物って感じだ。
「それじゃあ! 行ってくるわねー!」
場面は突然切り替わり、ナナシィが旅立っていく。
子供達は泣き、大人達は笑顔で見送っている。どうやら、ナナシィだけが旅立つみたいだけど……何かやることがあるんだろうか?
「やっぱり海は広いわね……大人達が旅を進めるのもわかるわ」
自由に海を泳ぎ、世界の広さを実感しているナナシィ。時に戦い、時に交流を深め、ナナシィは旅で色んな経験を積んでいく。故郷に居るだけではわからないことがたくさん。
「何なの、あなた!」
まだまだナナシィの旅の記憶が続くかと思いきや、目の前に異質なオーラを放つ仮面の男が出現する。ナナシィの体は傷つき、膝をついている。
不気味な笑みを浮かべている仮面を被った男は無言のまま、ナナシィに近づき手をかざす。
ナナシィはなす統べなく男の力に屈し、深い眠りについた。
そのままナナシィは、海へも沈められていく。
……そうか。これがナナシィの言っていたことなんだ。
その後、ナナシィが目を覚まし、何かを求めるかのように海をさ迷い、今に至る。
「本当に彼らが弟を殺したの?」
また場面が切り替わった。ナナシィが誰かと話してる? でも、姿は見えない。何か黒いオーラの塊に話しかけている。
もしかして、あの仮面の男?
「私にはどうにも悪い人達には見えないわ。確かに、あそこには弟の……アロットの物があった。でも」
ナナシィはやっぱり迷っていたんだ。本当にハミッテを破壊してもいいのか。
「やっぱり、話し合ってみるわ。せっかく教えて貰ったのにごめんなさいね」
一度は話し合うことを決めたナナシィだった。けど、背を向けた瞬間に。
「あああっ!?」
黒いオーラが彼女を襲う。
抵抗するナナシィだったが……取り込まれてしまった。
「……」
ここで辺りは真っ暗になる。
感じる……背後に邪悪な気配を。僕は、剣をぎゅっと握り締め、ゆっくりと振り返る。
「お前か。ナナシィをおかしくしたのは?」
剣先を突き付け、そこにいた仮面の男を睨み付ける。
「まさか精神世界に入ってくる人間が居るとはな」
耳に刺激を与えるような高い声だ。子供か? いやでも、体型から考えて大人なはずだ。
それとも、目の前に居るのは本物でなく幻覚などで出来た姿という可能性もある。
「こっちの質問に答えてくれ。お前が一度は思い止まったナナシィをおかしくした奴なのか?」
「……ああ、そうだとも。あの海王族の女は本能のままにハミッテを襲うかと思ったのだか。やはり弟のようにはいかないか」
わざとらしく。僕に教えるように気になることを口にする仮面の男。
「ナナシィの弟。アロットを唆したのも」
「俺だ」
隠すつもりはないようだ。
「なんでそんなことをしたんだ! ハミッテに何か恨みでもあるのか?!」
「ないが?」
あっさりと何もないのに襲ったことを告げる。この男はどこか狂っている。これは直感じゃない。確定した真実だ。
「ただ破壊を楽しみたかっただけだ。そして、生物の心情を知りたかった。例えば今回のことだが……自分の故郷を破壊させた後。正気に戻ったそいつがどう感じるのか、とかな」
「まさか、ナナシィの記憶を弄ったのも」
「俺だ。本当は全ての記憶を消去したかったんだが……やはりそこは海王族。抵抗されて完全消去には至らなかった。だからこそ、俺がデタラメな記憶を植え付けてうまいこと動かしていたんだがなぁ」
まるで、子供のように拗ねているけど。今起こっていることはそんの生易しいものじゃない。
この男は……倒さなくちゃいけない存在だ。
「おいおい。そんな怖い顔で睨むなよ。言っておくがここに居る俺はただの切れ端。本物じゃない。ここで俺を倒したとしてもあの女の暴走が止まるだけでなんの解決にも」
ぺらぺらと話してる途中で僕は剣を振るい、仮面の男を切り裂いた。男は、霧状となり四散していく。
言っていた通り、本物ではなかったようだ。
「せっかちな奴だな……まあ、十分楽しめたし、これからの楽しみも増えたから良しとするか」
「待て! お前はいったい何者なんだ!!」
叫ぶが、返事は返ってこない。僕は、一人暗い空間で立ち尽くす。
だが、次第に光が差した。
おそらくこの精神世界から帰還するための現象なんだろう。
これで、ナナシィを狂わせた力から解放できたけど。まだまだ終わりじゃない。海王族ほどの存在を簡単に操れる存在が居たという事実。これからの旅は厳しいものになるかもしれない。




