「北の国から来た女」
メリンダの店に仕入れる準備や店先の掃除など色々と手伝っているときに、眼の前に少し小汚い女性が子供を連れてやってきて尋ねた。
「すいませんが、お金をあまりもっていないのですが、一切れだけでもいいので、オークカツサンドをこの娘に食べさせてあげてもらえませんか?」と、どこかこの国の言葉とは思えない❝方言❞のような口調で頼みこんでくる母親と見られるヤツレた様子の女性。
通常なら8切れでテイクアウトでも銀貨1枚するメリンダの店のオークカツサンドだが、あまりに執拗に一切れだけでもと、せがんで来る様子に困り果てるタック。メリンダを店の奥から呼び相談してみることに、
「そうね・・・」と少し困った様子のメリンダ。
女性が困っているのは見て取れるが特別扱いの前例を作ってしまうと、今後似たような人たちが集まってくることも考えられる。
いつまでも店の前におられると困ると考えたタックとメリンダの二人。
「それではそれで・・・」と言おうとしたとたん、その母親の女性がふと落としたものに目がいったタック。
ひらりと地面に落ちたハンカチらしき布を拾い上げるタック。
「すいません、私のハンカチです。」と告げる女性。
見事な刺繍が入った美しい品物だった。
「これは、あなたの手作りの品物ですか?刺繍とか編み物ができるのですか?」と問うタック。
「はい、私の手作りのハンカチです。私にはこんなものを作るぐらいしか能力はございません。」と語る女性。
「今回は今お持ちのお金とそのハンカチだけで結構です。オークカツサンドをお持ち帰りください。」
通常、銀貨1枚のテイクアウトのオークカツサンドを手持ちの僅かな所持金と1枚のハンカチと交換するタック。
(やっと店から帰ってくれるね。)とタックに目配せで安心した気持ちを表現するメリンダ。
「今後、ハンカチ以外にエプロンやスカーフなど貴女がお作りになれるものをこの店にお持ちください。こちらである程度のお金で買い取らせていただきます。」と突然のタックの言葉に驚かされるメリンダとその場に膝をつきタックたちを見上げるように感謝するその女性。
その母親の女性はソーネチカと名乗った。
(現代社会のロシア人の女性みたいな名前だな・・)とタックは思った。この城下町ではあまり聞かないどこか外国の名前みたいで、タックはもちろんメリンダも呼びづらく、結局“ソーニャ”という愛称で呼ぶことにした。
聞けば、ソーニャはどこか北方の国から流れてきた子連れの女性のようで、途中でいろいろな悪い人にお金を騙し取られたり、山賊などに遭い、命からがらこの城下町にたどり着いたようだった。もともと結構な身分の貴人のようだったが、着ている服もしばらく洗っておらず、髪もボサボサにみだれていた。そのため、この街でいろいろと仕事を探していたがその身なりのためか、技能まで見てもらえず貧困に喘いでいたようだった。
あまりに不幸な話に、メリンダはいても立ってもいられず憐れみ、店の奥のタックが頻繁に使う物置小屋の陰でせめて水浴びをしてその身をきれいにするように促した。服はだいたい見たところメリンダのサイズとあまり変わらないようだったので、最近店が潤い、着る服に余裕がでてきたメリンダの“お古”を分け与えて着替えてもらうようにした。また、水浴びの場に男性たちが近づかないように同じ女性であるエステラを水浴びの間、監視としてつけることにした。
「メリンダ、エステラちょっと待って!」と一言告げるタック。
「何!タック、ここから先は男子禁制よ。」と冗談混じりに強めに警告するメリンダ。
「これを持っていって!」と2つの小さなプラスチックのボトルをソーニャに手渡した。
「この青いボトルは髪を洗う液体が、白いボトルは体を洗う液体が入っているから。」と、ソーニャはもちろん、メリンダとエステラも見たことがない軽い容器に入った液体を渡した。
こちらの異世界に来て、忙しくて現代日本に戻れないときのために旅行用の小型のアメニティを用意していたタック。
さっと店の奥の物置小屋の方へ姿を消していく、ソーニャとエステラ。その間、ソーニャが連れていた幼い女の子の相手をするタック。
しばらくして、エステラがソーニャを連れて奥から戻ってきた。水浴びをする前は髪が埃とその他の汚れまみれでゴワゴワ、パリパリとした感じだったが、水浴びから戻ったその髪は美しい銀色というか白金色のサラサラヘアーとなっていた。そして同じく、長い間水浴びをしていなかったのか、それまで土や砂埃で汚れていた顔は宝石のように美しい白い瞳と眉が姿を現した。エステラと違い、眼の前にいる“大人の美しい女性”にボォーとソーニャのことをじっと眺めるタックに対し、メリンダとエステラは別のことで驚いているようだった。
「なんなの、このソーニャから香ってくるなんとも言えない素敵な香りは・・」と目を合わせて驚いているメリンダとエステラ。普段、少々のことでも表情を変えないエステラも今は少女のような表情を浮かべているようだった。
同時にタックを見つめ、説明を求めるメリンダとエステラ。
「これは俺の故郷で売られている洗髪液と沐浴液だよ。」と適当にごまかすタック。
「私たちにもちょっとはわけてよ!」と迫ってくるメリンダとエステラ。こんなにエステラの積極的に求めてくる態度がはじめてだったタックは引き気味になりつつも、最初、王命ということで個人的には少し面倒で嫌そうで冷たい表情を浮かべていたエステラも今ではこのアレックスとメリンダたちと家族同然の親密な関係になっていることに嬉しくなった。
「慌てないで!ソーニャに渡したのは俺が普段使う“男性用”のもので今度、女性用のもっと香りが良いものを故郷から持ってくるよ!」と予告するタックに、
「えっ! これで男性用なの!!もっと良い香りのものがあるの!?」と更に驚きを隠せないメリンダとエステラ。期待に胸を膨らませ、にっこり顔の二人だった。
水浴びをしてもらい、ソーニャ達親子には帰ってもらう予定だったが、あまりにも美しいソーニャが夜の路上を歩いていたりするとガラの悪い男たちに何をされるかわからないということで、アレックスがクエストに出かけている間、2階のメリンダとアレックス夫婦の寝室でメリンダと寝泊まりしてもらうことになった。また、昼間はデリバリー販売が好調ということもあり、人手が不足しているということで、店内での給仕や店先で掃除などの仕事を手伝ってもらい、夜間は少しの時間に裁縫など得意な手芸で“作品”を作ってもらうことにした。
メリンダの古着をまとったソーニャはとても美しかった。それまで若く細身で美しいエステラに大人の美しさを放つソーニャが加わり、メリンダの店はその二人を見たさに男性客が以前より多く集まり繁盛するようになった。二人はいつの間にか、メリンダのお店の看板娘として双璧をなすようになっていた。
二人の美しい看板娘に見惚れる鼻の下を伸ばした男性客の多いことに呆れるメリンダだったが、店が以前にもましてより繁盛するようになったことに反対する理由が見つからなかった。
数日後、アレックスがクエストからいつものようにモンスターの肉を引っ提げメリンダの店に帰ってきた。
「おかえり!」と開口一番に叫ぶメリンダ。
「今帰ったぜ!」と家に無事に帰れてほっとするアレックス。
店内の空いている隅の席にどしっと腰掛け、水を要求するアレックス。慌ててアレックスのテーブルへ水を運ぶソーニャ。
冒険者らしく座ってソーニャの方を睨みつけるように見上げるアレックス。
「こちらの女性は?」とメリンダに尋ねてみる。
「こちらは最近、従業員として採用したソーニャさんよ。」と軽い自己紹介をするメリンダ。
鋭い眼光で睨みつけるようにソーニャを見つめ続けるアレックス。その態度に少し怯えがちなソーニャ。その時伸びるアレックスの両手。
ソーニャのか細い右手をゴツい両手でしっかり握り、
「よろしく。俺、いや“僕”はアレックスと申します。」と初めて聞く丁寧なアレックスの言葉。
(“ぼく”、❝申します❞だぁ!?何考えているんだコラァこの男は!)と睨みつけるようなメリンダの視線とともに、「さっさと離しなさい!」とソーニャの右手を握るアレックスの両手を無理やり引き剥がすメリンダ。
「冗談だよ!メリンダ。愛しているのはお前だけだよ!」と笑いながら答えるアレックス。
「ソーニャさん、北の国から命からがらこの国の城下町にたどり着いたばかりで住むところがなく、仕方なく今私たちの二人の2階の寝室で寝泊まりしてもらっているのよ。」と説明するメリンダ。
タックも店の奥の物置小屋から仕入れた調味料を運びいれるため帰ってきた。
「メリンダ、エステラ頼まれていた品物持ってきたよ!」と真っ先に告げるタック。
その声を聞きつけ、慌てて近寄ってきたエステラ。本来の警備の仕事も忘れているように思えるほど夢中になっているようだった。
以前もってきた旅行用の小型の容器ではなく、据え置き型大容量タイプのものだった。
「前回持ってきたものとは違って、大きくて容器もピンクや花がらの容器と金髪で色白の(現代世界の)外国人女性がその長い髪をなびかせている絵が載った、いかにも女性が好きそうなものね。」とパッケージに書かれている文字の“日本語”や“英語”は一切読めなかったが、きれいなそれらの絵に大変興味をもつメリンダとエステラ。
「何を話あっているんだ?」とそれまで“蚊帳の外”的な扱いを受けていたアレックスが口を開いた。
覗きこむとメリンダとエステラ、そしてソーニャが嬉しそうに2本のボトルを囲み、“ガールズトーク”に華を咲かせていた。
「おっ、酒か何かタックが持ってきた新しい飲み物か!?」と一人場違いな発言をするアレックス。
「違うわよ!タックが私たち女性たちのためにタックの故郷で売られている洗髪液と体を洗う沐浴液をもってきてもらったのよ!」と説明するメリンダ。
最近、家族のように親しく以前より柔らかくなった“警備担当”のエステラがいつもより一段とその目を輝かせ、真剣にボトルを見つめているのを横目に、
「なんだ、頭の髪と体を洗う石鹸みたいなやつか・・・この城下町の市場でもそんなもの普通に売っているだろ。」とあてが外れたようにガッカリする態度のアレックスに対し、
「タックが故郷から持ってきた品はまさしく別格よ!」とその違いを改めて強調するメリンダ。
「ちょっと、キャップを開けるから匂いを嗅いでごらん。」と容器の上部についているキャップを開けて、中の液体を見せつけるタック。
容器から香ってくる花の香りはその場を一面“花畑”にしてしまうのではないかと思わせるほど充満しその場にいた女性たちを魅了していった。その店内に広がる花の匂いにつられ、店の奥の厨房で調理の仕事をしていた他の従業員の若い女性たちもあつまってきた。
「あんたたちは早く仕事に戻って!後で教えてあげるから!」と店の責任者らしい態度を見せ彼女たち従業員を奥の厨房へ追いやるメリンダ。少し残念な表情を浮かべながらも雇用主の命令に従う彼女たち。
普段は勇猛な冒険者でもあるアレックスもこの香りには関心した。
今後は、この店で働く女性は仕事終わりに一度だけ、この洗髪液と沐浴液で体を洗ってから帰宅することができるとメリンダの口から告げられ、喜びあがる若い女性従業員一同だった。また、エステラとソーニャという店の看板となる“二大美女”はもちろん、普段、中央広場で朝、ポストに投函された注文書を回収しに行くマークも朝起きたら必ずこれらの液体を使って洗髪、洗体をすることが必須とされた。
マークは密かに街中の若い女性たちの間で“すごいイケメンの剣士”として人気が沸騰していた。マークが担当する曜日には朝早くにもかかわらず若い女性たちの追いかけや“親衛隊”が集まり、マークを取り囲むことも少なくなく、その人気にあやかりマーク本人の許可も得ずに勝手に似顔絵を描き女性たちに売る絵師もあらわれているとかいないとか。
「俺達も担当の日の朝に同じように中央広場のポストに回収しにいっているのだがな・・・」と心も体も冷える朝を迎え毎回中央広場のポストに注文書を回収しに行くアレックスに対し、
「仕方ないよ、俺達とマークじゃ・・」と諦めた様子のタック。
「ところで、俺様が帰ってきたということで、ソーニャさん達はどこで寝泊まりするんだ?」と問題をあげるアレックス。
「そうだね。ただでさえそんなに広くない私たちの家でマークとエステラにももう寝泊まりする場所を分け与えているし・・・」と考え込むメリンダ。
「いっそのことタックの家に寝泊まりしてもらっては・・」とタックの顔を一斉にみるメリンダとアレックス。
今まで、アレックスとメリンダの店を拠点に商売をしていろいろと稼がせてもらってきたタックには断れる正当な理由はなかった。
「いや、駄目よ。タックも一応、❝独身の男❞だし、もしソーニャさんの身に何かあったら・・・」とあらためて懸念を示すメリンダ。
複雑な表情を傍で浮かべて何も語らないタックを尻目に一人提案するメリンダ。
「そうよ。アレックス、あんたとマークで交代でタックの家に泊まらせてもらうのはどう?一人は私たちの家の一階の食堂で、もう一人はタックの家でどう?」と切り出した。
マークは常日頃、夜間の警備も兼ねて夜、営業が終わったあとの食堂のテーブルを片付けて、最初は薄い布団を床に直接敷いて寝ようとしていたが、それではあまりにもマークがみじめで可哀そうということで、タックが現代日本の実家の倉庫にあった使われていない❝折り畳み式の簡易ベッド❞を毛布や枕と共に与え、夜はいざという時のため、いつでも不審者や侵入者を撃退できるようにと剣を枕元において広い食堂の中で寝るようにしていた。2階で寝るメリンダやエステラのことも気遣い、決して不審者を2階へはやらない覚悟を決めていた。
「アレックス、あんたも大したクエストがないときはマークと同じようにたまには1階の食堂の一角を片づけて簡易ベッドで私たちを守るつもりで寝てみたらどう?」と少し冷たい提案をするメリンダ。
「エステラと同じ部屋で・・・」と冗談交じりに語るアレックスに、握る右手の拳を高く挙げより大きくみせるメリンダだった。
「でも、これから来る寒い冬の季節なんか俺とマークはどうしたらいいんだよ。一階の食堂って結構、すきま風が入ってきて夜は寒いんだぜ。」と告白するアレックス。
「それなら大丈夫だよ。部屋を温める魔法器を実家から今度持ってくるから。」とのタックの一言に、
「間違っても、❝ファイア❞などの呪文をこの家の中で唱えるなよ!」と念を押すアレックス。
和気あいあいと語りあう皆のそばで、一人❝主人たち❞のアイデアに異議を唱えず、寡黙に
頷くマークだった。




