第十一項 無茶振りと幻
メリトリスの言う通り、使いの者がメイド戦装束を受け取りに来たのは翌日のことだった。線の細い、黒の給仕服と白髪がよく似合う初老の男性だ。
開発員は、銀の収納ケースを使いの者に渡しながら、その管理について軽く説明した。魔力炉を用いて仕上げた装備である以上、通常の衣装と同じ扱いはできない。保管時の湿気、衝撃、魔力の残滓。注意すべき点はいくつかある。
使いの者は表情をほとんど変えず、しかし説明を一言一句聞き逃すまいとするように、メモをとりながら静かに頷いていた。
「余った素材やら、金貨はどうすればいい」
「そのままお使いください。それは、あなたへの投資分ですから」
そして、今はその、さらに翌日の午後。
開発員は、メイド戦装束の開発において仕入れた素材の数と、実際に消費した素材量を見比べていた。差異がないかを確認し、余った素材をひとまとめにして、保存するものと廃材にするものを仕分けていく。微妙なものは、あとでルルンルに押し付けてもいい。
工房内には、まだメイド戦装束を仕立てた時の名残がある。細かな布片、削り落とした金属粉、折れた仮留め金具。片づけたつもりでも、作業の余韻は簡単には消えてくれない。指先で摘み上げるたび、金属粉が乾いた光を弾いて手のひらに散った。
そんな作業の中、工房の扉が突如として音を立てた。
来客を告げる、硬い音。
開発員はその音を聞きつけ、工房の奥から受付台まで歩いていった。
そこには、二人の女がいた。
一人は、開発員も一方的に顔と名を知る有名人。
もう一人は、まるで初めて見る若い女だった。背がとても小さく、隣を歩く女性の胸ほどまでしか身長がない。
「……軍団長の娘か。随分な大物が来たもんだ」
「口を慎め。いち開発員風情が」
「まあまあシェリっち、いいじゃんいいじゃん。開発員さんは軍属じゃないんだしさ」
軍団長、リトン・クロウロー。
国王親衛隊を束ねる三柱と同列と言われる、軍部における文句なしの頂点に君臨する男。
その一人娘であるシェリバン・クロウローは、ここ十年に渡り、様々な前線を点々としながら武功を挙げた生粋の武人である。
軍学校を卒業する十八歳の頃からすぐに戦争へ参加し、その間、一度も父親と会わなかったと言われるほどに無骨な女。その逸話は、彼女に密着した雑誌などでも有名な話だった。
齢二十九ながら、頬に走る斜めの傷、左耳を裂く古傷、そして背筋の伸びた立ち姿は、歴戦の猛者そのものだ。
その荒々しさを好む者は多い。
だが、今この場にいる開発員にとっては、好ましい相手とは言い難かった。
「命のやり取りをしたこともない下民が。軍団長の娘たる私に、かような無礼は許さんぞ」
そして、シェリバンはいきなり高圧的だった開発員は露骨に眉を顰める。
キャスバルの傲慢さに、さらに拍車をかけたような女だ。ただ、あの女にはまだ可愛げがある。少なくとも、どこか抜けている。
だが、この女にはそれがない。
まだ会って間もない人間に下民と言い放つその魂胆が、開発員の心を酷く荒くした。
頭頂から後頭部にかけては銀色に近く、毛先へ向かうほど茶が広がっていく艶のある髪。それは首元までまっすぐ下り、内側へ巻くようにして止まっている。
柔らかな印象の髪型ながら、吊り上がった両目はナイフの切っ先のように鋭い。
彼女は、胴をきつく締め上げる漆黒の軍服を纏っていた。肩から腰まで無駄なく絞られ、全身の線がはっきりと出るその姿は、鉄の女という印象をこれでもかと示している。
「茶化しなら帰れ。いきなり来やがって、失礼なのはそっちだろうが」
「貴様! その首、へし折ってやる」
シェリバンは軍服を軋ませながら、腕を真っ直ぐに伸ばした。
開発員を掴みかかろうとしたその手は、しかし、か細く白い手によって止められる。
「ちょっとシェリっちー。天使様の所有物にケチつけたら殺されるって。いや、洒落じゃなく」
白い手の主は、シェリバンの腕を彼女自身の腰元へ落ち着かせながら、妙に軽い口調を披露した。
イライラを隠さない男と、それに激昂する女。
そして、その中にあっても、まるで空気を読まない軽快な小娘。
ある程度は礼儀正しいメリトリスを相手した後だからか、その落差に頭が傷みそうになる。
それに、気になる点が一つ。この小娘が言った天使様というのは、キャスバルのことだろうと開発員は察した。
ただ、自分があのキャスバルの所有物と言われたことについては、異論がある。少なくとも、開発員とキャスバルの関係はただの腐れ縁だし、立場的に上も下もない。
口には、出さないが。
「くそ……人外に気に入られたからといって、いい気になるなよ!」
シェリバンは激昂すると、軍服の胸ポケットから一つの封書を取り出し、それを受付台に叩きつけた。
途端、衝突部から突風が巻き上がる。
たった一枚の封書が触れただけとは思えない、乱暴な風の塊だった。
開発員は何が起きたのか理解するより先に、体を後ろへ押し飛ばされていた。足がもつれ、尻餅をつく。床に触れた掌がじんと痺れた。
一方で、二人はどうやら無傷らしい。
姿勢を崩すこともなく、ただそこに立っている。
「なんて情けない。私は、こんな奴に無礼を働かされたわけか」
鋭い目が、開発員の目を射抜く。
どうやら、試されたらしい。
封書一つでこれか。
開発員は心の中で悪態をつきながら、極力、背の小さい小娘の方を見るようにして姿勢を立て直した。
そして、視線を滑らせ、受付台に置かれたものを見る。
それは、銀の封書だった。
開発員はそれを見て、思わず呆けた声を出してしまった。
「へあ?」
無理もない。
封を押さえる蝋には、紛れもない王家の家紋が形作られていたのだから。
開発員は震える手で、それを受け取った。
封の端に小さく認められた文字を確認する。そこには差し出し人である軍団長リトンの名前が記されていた。
「な、なんだってんだ」
「見た通り、王命だよ? がんばってね、開発員さん!」
元気に溢れる小娘が、満面の笑みでぴょんぴょん跳ねる。完全に他人事として盛り上がっていた。
開発員は一旦、口を開けたままその姿を観察した。
次いで、答えを求めたいという欲に負け、ついシェリバンの目を見てしまった。
彼女は開発員と目が合うと、短く鼻を鳴らし、封書に向かって顎をしゃくった。
「まずは見ろ。話はそれからだ」
声色は落ち着いていた。
王命の話になったからだろうか。シェリバンは、一旦感情を抑え込んでいるようにも見えた。
開発員は、その封を開けた。
中には、王命が記されたものとは思えない、粗い紙が使われていた。飾り気はない。だが、そこに押された印と署名だけで、冗談では済まない重みを持っている。
書かれた文字列に目を走らせる開発員。
しかし、その顔は読み進めるたびに険しくなっていった。
「おい、冗談だと言ってくれ」
「王命に冗談もクソもあるか」
開発員は力が抜け、パイプ椅子へとへたり込んだ。
乾いた、けれど甲高い音が、床との摩擦で工房に響く。
紙に書かれていたもの。
それは端的に言えば、王国の更なる発展のため、精鋭部隊を新設するというものだった。
一つは、キャスバル率いる天使隊。
そして、メリトリスを隊長とする雅舞隊。
この時点で、開発員はすでに眉間を揉みたくなっていた。
だが、問題はその後に綴られた、スカート部隊というものだった。
そして、そのスカート部隊を率いる者こそが、目の前にいる軍団長の娘、シェリバン・クロウローだという。
スカート部隊ってなんだよ。キャスバルの英雄化が成功したから、その流れに便乗しようという国の魂胆がまるで透け透けだ。学のない物にもわかるように、ご丁寧に部隊名まで簡潔極まりない。
開発員は王命を前にしている手前態度には出さないが、少しだけ封書を握る手を強めた。
「そういうわけで、一人目の依頼は私だ。だが、スカート部隊を預かる身とはいえ、あんなヒラヒラした女々しいものを身につけるつもりはない。スーツタイプのズボンで頼む」
開発員は拳を握り、親指だけを立てた。
王命なら拒否権などない。
嫌とか好きとかではなく、やらなければならない。
開発員とはいえ、ものづくりの口実ができるのは、本来なら大変喜ばしいものだ。
では、なぜこんなにも落ち込んでいるのか。
それこそが、開発員に課せられた慈悲なき命令だった。
ひとつ。
スカート部隊の総勢は二十一名。
そのすべての装備を、開発員が責任を持って開発する。
この時点で、開発員の喉が鳴った。
ふたつ。
依頼者は毎週月曜日に工房へ派遣する。
各依頼者の締め切りは土曜日まで。
五日で一人当たりの装備を完成させよ。
開発員の指が紙の上で止まった。
何を馬鹿な。
みっつ。
資金、物資、資材、機材等、必要なものはすべて工面する。
しかし、これは王命であるが故、特別な報酬はない。
開発員の頬が引きつった。
よっつ。
まずは一人目のスカート部隊隊長、シェリバンの装備を完成させよ。
期日は同じく土曜日とする。
開発員は、目の前に立つシェリバンをゆっくり見た。
いつつ。
健闘を祈る。
開発員は、またもその文面を読み返すと、紙を静かに台へ乗せた。
くしゃくしゃにしてやりたかったが、我慢した。
無茶苦茶が過ぎる。
装備を作ることは楽しい。
それは間違いない。
だが、だからといって二十一人もの装備着用者を、毎週五日で作り上げる。
何を馬鹿な。
開発員はゆっくりとシェリバンの顔を見た。
数秒固定してから、するりと横にいる小さい女へ視線を移す。
一人目の依頼者がシェリバンなら、この女は一体何なのか。
彼女は開発員と目が合うと、目を閉じて満面の微笑みを作った。
「で、お前は」
開発員の問いに、小さい女の表情が一転した。
目が点になる。
何かを思い至ったように、右手を後頭部に当て、わざとらしく笑って見せた。
「いやー、失礼しちゃった! 自己紹介がまだだったね」
小さい女は、ツインテールにしたピンクの髪を両手でもふもふと触る。
それから人差し指を突き出し、腕を目一杯伸ばして、開発員を指差した。
「わたしの名前は、リズリール! リズリール・クリスムルだよ! フロントの天使様付きの、十六歳!」
「随分若いな」
年齢的に、新兵ですらないように見える。
なぜこんな若い女が軍団長の娘と一緒にいるのか。
未成年特有の元気さは、今の傷心にはだいぶ効く。
「む。こう見えても、わたしは天使隊の副隊長なんだからね!」
「は?」
開発員はシェリバンを見た。
彼女は横目にリズリールを視界に収めると、短く
「事実だ」
と言った。
「いやいや、未成年だよな。まさか軍所属ってわけでもねーだろ?」
「軍所属だよ?」
開発員はパイプ椅子を軋ませた。
リズリールを、呆れた気持ちで見ることしかできない。
「フロントの天使が軍学校からこいつを強引に隊へ引き入れたんだ。まあ、こいつの強さも折り紙付きだ。私を二度、打ち倒したからな」
「……こんな小娘がか?」
「怒るよ?」
リズリールは両腕を腰に当てて、いかにも不満だとアピールする。
シェリバンを二度倒した。
その言葉の意味を、開発員はすぐには処理できなかった。
目の前のシェリバンは、封書を叩きつけただけで自分を尻餅まで追い込んだ女だ。態度は気に食わないが、実力があることだけは疑いようがない。
そのシェリバンを、二度。
しかも、この小柄な十六歳が。
開発員はいよいよ、これまで自分が歩んできた人生とお別れを告げなければならないかと、内心で覚悟した。
キャスバルから始まり、メリトリス、シェリバン、そしてリズリール。
変なのばかりが集まる。
それに加えて、軍団長や王すらも関係している。
この無茶苦茶な王命を成し遂げた先に、果たして何が待っているのか。
「まあ、その辺の都合はどうでもいい。それよりお前はなんなんだ。ただの付き添いか?」
「まさかー。わたしの装備も作ってもらいに来たんだよ」
「断る」
「即答!?」
馬鹿なのか、この女は。
王命をこなしながら、その片手間のどこに余分なものを作る時間があると言うのか。
「ねーねー、造ってよー。ゆっくりでいいからさぁ」
「無理だ」
「お願い!」
リズリールはついに、受付台に上半身を倒して預けた。
そして、開発員の顔面目前まで顔を近づけてくる。
「お願いお願い! どうしても龍鱗装甲が欲しいんだよー!」
リズリールの勢いは止まらない。
すでに上半身は受付台からするりと抜け出し、開発員の胸にしがみつくように密着していた。
まるで、受付台と開発員の間に橋ができたような光景だった。
一方で、開発員は必死に顔を背ける。
しかし、そのたびにリズリールが暴れ、どうにもならない。騒がしい声が耳元で跳ねる。小さな手が服を掴む。妙に軽い体が、逆に扱いづらい。
喚いて騒ぐリズリールの熱と、鼓膜を裂くような声に、開発員の心は限界を迎えた。
「わかった。わかったわかった! 造るから離れろ! 一旦!」
そして、負けた。
「やったー! 流石開発員さん! キスをプレゼント!」
リズリールは開発員の頬に勢いよく口を当てると、どういうからくりか体をふわりと浮かせて、受付台の外へ戻っていった。
開発員は無言で立ち上がる。
そのまま壁際まで移動すると、薄汚い布巾を手に取り、頬を何度もさすった。
「……ひどくない?」
「お前がな」
こんな未成年の不意打ちの口付けなど、誰が喜ぶ。
開発員はまたもパイプ椅子を鳴らして座った。
「条件がある」
「およ?」
開発員は、憔悴する心を慰めるように、あえて触れないようにしていた事実を探ろうと決めた。
これを交渉材料に使う。
「キャスバルの龍鱗装甲。あれは今どうなっている」
キャスバルにしろ、メリトリスにしろ、あの装甲の話をすることをひどく避けていた気がする。
そもそも、開発した当人がその事実を把握できないなど、今にして思えば普通ではない。
壊れたなら直してやる。
破損したなら修理してやる。
なのに、なぜキャスバルはそれを話題にすることを嫌がったのか。
「今って……普通に天使様の私室にあるよ?」
リズリールは眉を斜めに落とし、小首を傾げて、あまりぴんと来ていない様子だった。
ただ、そんなリズリールの横で反応を示したのは、シェリバンだった。
「待て、リズリール。おそらくこの男、あのことを知らない」
「あの、こと……ああ、あのことかぁ。確かに、天使様なら隠すよね。でも、いいのかなぁ。わたし、殺されない?」
リズリールは納得したように頷いた。
やはり、その事実は禁忌であるらしい。
メリトリスも口を噤んでいた。
これはいよいよ気になる。
普段なら、他人のどうこうなど、気にはするがどうしても知りたいとまでは思わない。
だが、今日は違う。
気になることを知る。
それくらいの報酬がなければ、この傷心を癒せる気もしない。
だから、妥協できそうにもなかった。
「なら、話は無しだ。言うなら造る。言わないなら造らない。お前が決めろ」
「んー……むぅー……誰にも、言わない?」
「口は硬い」
「そっか。なら……」
リズリールは緊張からか、両手でふりふりのシャツの裾を握り込んだ。
かくいう開発員も、喉を唾で鳴らす。
「えっと、まずね。天使様は入隊式の日に龍鱗装甲を着てきたんだけど」
「待て。……いや悪い、続けてくれ」
リズリールは、キャスバルの入隊式の日にはまだ軍学校にいたはずだ。キャスバルが強引に引き抜いたのは、時系列的にその後のはずである。
なぜリズリールはそれを知っているのか。
それを追及しようとしたが、話が逸れると判断して、一旦は気にしないことにした。
「ん。それでね? その後の模擬戦で、天使様に銀狼ガロスが喧嘩を売ったんだけど、天使様、一秒もかからず倒しちゃってね」
「銀狼ガロスって、あのガロスか? ……ああいや、悪い。続けてくれ」
銀狼ガロスといえば、身長が二メートルもある巨体ながら、卓越した戦闘捌きで有名な猛将だ。
すでに二十年は名を轟かせる豪傑。
新兵がまぐれで勝てる相手ではないはずだった。
それを、一秒足らずで?
そんな馬鹿な。
ただ、またしても話が逸れる。
さっきから気になることばかり増え続けるが、餌に釣られて好機を逃すこともしたくない。
キャスバルは、いつどこで急に姿を現すかわかったものではないのだから。
「どうせ続けさせるなら、いちいち止めないでよ!」
「悪い悪い。ほら、続けろ」
「もう。……それでね? 天使様はその龍鱗装甲を脱ぐと、それ以降、着てないんだよね」
「……は?」
「だから、着てないの。一度も。ずっと私室に飾ってるだけ」
リズリールは、少しだけ声を潜めた。
「文字通り、あの龍鱗装甲は幻になったんだよ」




