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第十二項 力のままに

 着ていない。一度たりとも、戦場であの装備を披露したことはない。


 リズリールのその言葉は、開発員にとって衝撃が大きかった。


 あれほどこだわった装備を要求しておきながら、その実態は私室に飾るだけ。


 まさか、内心気に入っていなかったのか。いや、キャスバルのあの性格で、そんな器用で回りくどい真似ができるとは思えない。ならば、銀狼ガロスとの戦いでなにか不備でも見つけたのだろうか。それとも、体の可動域を狭めるほど、体格に合っていなかったのか。


 開発員はしばらく言葉を発さず、額に手を置いた。考えても、答えなど出るはずもない。


 それから、目頭を二度揉む。


「その理由は」


「それが分からないんだよー。でも、着るべき時が来たら、とは言ってたよ」


「着るべき時、か」


 あの龍鱗装甲には、魔力炉を介していない。


 特段、特別な機能は何ひとつない。どちらかと言えば、ただの装甲板の集まりだ。使い倒すだけ使い、傷つけば直す。言ってみれば、あの装備にはそれくらいの価値しかない。そもそもが端材の集合体なのだから、その扱いこそが適切だ。


 その程度の価値だとは、キャスバルも当然承知しているはず。メリトリスの装備を間近で見たのだから、なおさらだ。


 だが、その実は処分せず、律儀に自室へ飾っている。飾っては、くれている。色々気にはなるものの、そこが大きいか。


 一旦は、気に入っていないわけではなさそうだ。


 そう解釈すれば、今すぐにでも答えは必要ない気がする。キャスバルにはきっと、彼女独自の考え方がある。依頼者の言うままに作った。なら、それをどうするかは向こう次第だ。


「わかった。約束通り、作ってやる」


「おお、やったー!」


 龍麟装甲のことは、ひとまず忘れる。


 飛び跳ねて喜ぶリズリールを、開発員はため息混じりに眺めた。



 それから、台の上にあった紙と、それを支える板、そしてペンを胸の前でまとめ持った。


「なら、本題だ。まずはシェリバン」


 左手の甲を腰に当ててくつろいでいたシェリバンへ、開発員は言葉をかけた。


 シェリバンは「やっとか」と短く言うと、受付台の上に人差し指を添える。


「さっきも言ったが、ひらひらしたものは一切つけるな。鍛えた身体を誇示できるような、締め付けのある全身一体型の装備が望ましい。身体情報は軍本部に問い合わせろ」


「ひらひらはなし。全身一体型のスーツ、と」


 開発員は紙に走り書きする。ペン先が、板越しの硬い感触を拾いながら短い線を刻んでいった。


「メリトリスが自慢していた魔力のあれやこれやは、よく分からん。機能だなんだは下民に任せる。まあ、期待はせん」


「一言余計だ」


 開発員はぽつりと呟き、紙を乱雑に台の上へ置いた。


 期待されていないようだし、適当に作ってやるか。


 そんな魔の考えが差し込む。


 だが、すぐに開発員は頭を左右に振った。


 依頼者がどうであれ、装備に罪はない。


 作る以上、手は抜けない。


「貴様、いち開発員のくせに、軍団長の娘たる私の言動にいちいち――」


「はいはーい! 次はわたし!」


 新しい紙を手に取る開発員。


 それを睨み、小言を挟もうとするシェリバン。


 その言葉を分かりやすく遮ったのは、手をびしっと天に上げ、無理やり注目を集めたリズリールだった。


「おいリズリール。わたしがまだ話を――」


「わたしは龍鱗装甲をカラフルにしたやつがいいでーす!」


「おい!」


 シェリバンとリズリールのじゃれ合いに極力意識を向けないよう、開発員は紙だけを視界に入れることにした。


「龍鱗装甲を基本とした、色とりどりの装甲、と。それだけか?」


「うん! それだけ! 装備開発とかよく分からないから、ほんっと、任せる!」


「はいよ」


 シェリバンはリズリールに詰めかかり、その口をなんとか塞ごうとするが、ことごとく阻止されて叶わない。


 シェリバンとリズリール。


 俯瞰で見れば、十以上の年齢差がありながら、並び立つこの二人は仲の良い姉妹のようにも見えた。


 そもそも、二人肩を揃えてこの工房に来たくらいだ。年齢差がありながらもシェリバンの圧に臆さず自分流を崩さないリズリール。きっと、シェリバンは実力者ならある程度の無礼は認める気質を持つのだろう。だとすれば、リズリールとの相性も悪くないのかもしれない。


「くそ……もういい。用件は伝えた。帰るぞ、リズリール」


 シェリバンはリズリールへ伸ばしていた腕を引っ込めると、開発員を睨んだ。


 そして体を反転させ、工房扉の方へと歩いていく。


 よろしく、などという気の利いた言葉ひとつ言えないらしい。


「あ、待ってよシェリっち!」


 リズリールも遅れて、その後ろ姿を追いかけていく。


 やはり、仲は良いらしい。


「リズリール、お前のは一ヶ月だ!」


 開発員は、すでに扉を潜ろうとしていたリズリールの背中へ声をかけた。


 彼女は首だけを回すと、僅かに頷く。


 そして、立ち去った。


 嵐が去り、聞こえてくるのは魔力炉の低い稼働音だけ。


 開発員は、王命が記された紙を力なく手に取った。


 そしてパイプ椅子に深く座り、腰を反らしながら、工房の天井灯を背景に何度もその紙へ目を滑らせる。


「やるしかねぇか」


 シェリバンの期日は四日後。


 資材の調達から始めなければならないため、時間的猶予は限りなく少ない。


 今後、継続的に依頼者が来ることも分かりきっている。余分に資材を溜め込んでおくのも悪くない。


 開発員の頭の中は、すでに職人としての矜持で満たされていた。


 幸い、全身のラインが浮き彫りになるような装備は、構造だけ見れば単純で作りやすい。


 だが、ただの全身スーツにするつもりはなかった。


 シェリバンは武人だ。


 それも、部隊を率いる隊長である。


 ならば、装備は身体を誇示するだけでは足りない。部隊の中心に立ち、言葉を使わずとも指示を出し、必要なら敵の魔力を拾い、自身の肉体をさらに前へ押し出すものでなければならない。


 身体の線を見せたいという要望は、むしろ都合がいい。


 筋肉の流れ。


 関節の動き。


 魔力の通り道。


 それらをそのまま、装備の導線に転用できる。


「一人目としては、妥協だと考えるしかないか」


 開発員はペンをくるくると回しながら、深い思考に落ちていった。


⭐︎⭐︎


 そして、締め切り当日。


 開発員の目の前には、納品日だというのに腕組みをして睨みをきかせるシェリバンがいる。


 無言で見つめ合っても仕方がない。いかにも機嫌の悪そうなシェリバンに完成品を見せようと、重い足を動かして開発員は奥へ案内しようとした。


 しかし、シェリバンは首を伸ばして工房の奥を観察すると、すぐに首を左右に振った。


「ふん。こんな汚い場所なんぞ入りたくない」


「いや、入りたくないと言ってもだなぁ。完成品は奥だぞ」


「口を慎め、下民。今日は邪魔をするリズリールもいないからな。そのふざけた言動と行動にはとことん容赦しないと思え」


「容赦も何も……じゃあどうするんだ」


「貴様がここへ完成品を持って来い。時間はかけるなよ」


 開発員は開いた口を、ただ震えさせることしかできなかった。


 完成品を持ってこい。


 それは、開発員のこだわりに反することだった。


 開発員の考えでは、完成した品はすでに依頼人のものと定義している。だからこそ、不慮の傷や意図せぬ破損から最低限守るため、完成品は展示用衣装立てから動かさないのが鉄則だった。


 そしてこれは、開発員だけの考えではない。


 多くの職人が同じように考える、確立された危機管理である。


 つまり、ここへ運び込むこと自体が、開発員にとって避けるべき行為だった。まして、この工房は物が散乱している。わずかな距離であっても、余計な移動は避けたい。


「不快な思いをさせるのは分かっているのだが、それはできない。不要な傷の責任は取れなくてな」


「それは下民の都合だ。それと、勘違いしているようだが私はお願いしているわけではない。命令しているのだ。さっさとやれ」


「そうだとしても――」


「黙れ!」


 シェリバンは跳躍した。


 銀と茶の髪を靡かせ、受付台を飛び越える。


 そして、そのまま開発員に体当たりを決めた。


「ぐおっ!」


 衝撃で後ろへ倒れた。


 なんとか後頭部を床に打ちつけることだけは避けたが、背中に走る痛みで息が詰まる。散らばった金属片が、倒れた背の下でぱらぱらと逃げ散った。


 そんな彼の腰に跨がり、シェリバンは胸ぐらを掴み上げた。


 軍服越しでも分かるほど、体幹がまるでぶれない。


 細く見える腕に、ありえないほどの力が籠められている。


「いいか、これは脅しじゃない。もう一度だけ、優しく言ってやる」


 シェリバンの顔が近づいた。


 鋭い瞳が、開発員の逃げ場を塞ぐ。


「ここまで、運んで、こい。いいな?」


「……わ、わかった」


 開発員は両手を頭の横へ持ち上げ、降参の構えを取った。


 シェリバンは鋭い瞳を閉じると、開発員の腰から退く。


「……持ってくる。待っててくれ」


 開発員は立ち上がりながら、尻をさすった。


 尻餅をついた痛みが、結構な勢いで響いている。ただ、その痛みにもたもたしていると、追撃が怖い。


 彼は冷静でいられるよう努力しながら、工房の奥へ行く。そして、まずはキャスターを四つと、物資搬送用の小型荷台を用意した。


 次に、荷台の底を槌で壊す。代わりに木の板を貼りつけ、ネジで補強。その四隅にキャスターを設置した。


 それから、銀の保護布で隙間なく覆われた完成品の横に、急造の荷台を密着させる。


 左足。


 右足。


 装備を傷つけないよう、丁寧に乗せていく。


 シェリバンが待つ受付台の前に戻ってきたのは、十五分も経った後のことだった。


「遅い! その尻、蹴り上げてやろうか!」


 荷台を転がす開発員が視界に入るや否や、シェリバンは怒鳴りながら近づき、またしても胸ぐらを掴んだ。


 開発員はシェリバンの顔を見ながら、意外にも催促で怒鳴り込んではこなかったな、と場違いな感想を抱いた。


「と、とにかくこれを見てくれ。な?」


「……ふん」


 シェリバンはゆっくりと胸ぐらから手を離した。


「さっさとその布を剥がせ。どうせ三流職人の廃棄寸前の品だろうがな。……期待はしてないから、気楽にやれ」


 その発言は、開発員の心に怒りという感情を呼び起こすのに十分だった。


 だが、怒ったところでこの女には勝てない。


 開発員は今にも殴ってしまいそうな拳を、代わりに保護布を勢いよく剥がすことで置き換えた。


「なっ」


 シェリバンは、突如現れたそれに目を見開いた。


 黒が基調のボディースーツだった。


 首元から足先まで、無駄なく身体を包み込む全身一体型の装備。黒い生地は光を吸うように沈み込み、工房の灯りを受けても、その黒を乱すことはない。


 肩から腕へ。


 胸元から腹部へ。


 腰から太腿、膝、足先へ。


 全身のところどころに、青い筋のような線が走っていた。


 腰の左右には、小型の収納ポーチがベルトで収められている。大きすぎず、動きを邪魔しない位置に配置されたそれは、見た目よりも実用を優先したものだった。


 単調。


 だが、それだけでは語れない。


 装飾を削ぎ落とした黒の中に、青い筋だけが静かに浮かぶ。その姿は、武人としての威圧感を隠すどころか、むしろ引き立てていた。


 まさに強者の威風。


 それを完璧に表現している。


 シェリバンの視線は、装備と開発員を交互に往復した。


「こ、これは……ふ、ふん。少しはまともなものが造れるようだ」


 シェリバンは拳を作り、口元へ運ぶ。


 そして、こほんとわざとらしい咳払いを披露した。


 開発員は内心思うところはあったが、極力顔に出ないよう、何も考えないことにした。


「説明するぞ。まず、シェリバン……様、は隊長だ。だから、全身を光らせるようにした」


「発光? 隊長とそれがなんの関係がある」


「この全身にある青い筋は、魔力炉を介した魔力探知が仕組まれている。だから、ここは自由に発光させられる。シェリバン、様の都合に応じて」


 開発員は装備の腕部分を指で示した。


「つまり、言葉が不要の通信手段のひとつ、と考えてくれていい。いくつかの型を独自に編み出せば、部隊とも共有できるだろう」


「な、なるほどな」


 シェリバンは手を伸ばし、腕部分の青い筋と黒のスーツの境界線を指先で撫でた。


 段差がない。


 黒のスーツと寸分の狂いもなく、二つの素材が組み込まれているということ。


 開発員の腕前が、いかんなく発揮されていた。


「この光は、信号だけに留まらない。青い筋はシェリバンの魔力に応じて呼応するが、それは装備の筋膜強化や魔力探知にも応用できる」


「筋膜強化?」


「ああ。動く時、身体のどこに力が入るのか。どこを支えれば負担が逃げるのか。そういう流れに合わせて、こいつ自身が補助をかける。全身一体型の構造だから、かなりやりやすかった。性能は確かだろうさ」


 開発員は懐から、数冊にまとまった紙束を取り出した。


「主な使い方や応用の例は、紙にまとめておいた。これも一緒に持っていけ」


 シェリバンは紙束を受け取った。


 だが、その目はしばらく、装備から離れなかった。


⭐︎⭐︎


 そして、二日後の月曜日の昼前。


 新しい依頼者は、決まり通りにやはり来た。


 名前は、オーレリオ・スーハスーデン。


 リズリールよりも鮮やかな桃色の髪を、短く、けれど乱雑に飾っている。瞳が大きく、緊張しているのか、工房に入ってから何度も瞬きをしていた。


 しかし、そんな彼女の隣に立つ者を見て、開発員は怪訝な表情で迎え入れるしかなかった。


 シェリバンだった。


 前回とは違い、彼女は開発員と目線を合わせない。


 ただ床を見ながら、ぼそぼそと言葉を放つ。


「父に怒られた。スカート部隊を預かる者がスカートを履かないでどうする、と」


 開発員は黙ってシェリバンを見た。


 シェリバンは顔の前で手を合わせ、ほんのわずかに頭を下げる。


「頼む、開発員。あの装備に、ほんの少しでいいからスカート要素を足してくれ」


 オーレリオは、隣で気まずそうに視線を泳がせている。


 開発員はパイプ椅子を軋ませる。天井をみる。目を閉じる。


 大きなため息をひとつ、吐くことしかできなかった。

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