45犠牲
「その後、私は名を捨て血筋を捨てた。ただただ、私は娘が暮らしやすい世界を、魔力持ちが生きやすい世界を作ろうとこれまで研究を重ね、利用できるものは利用してきた」
シャラタンの生い立ちに、アレンは言葉を失った。
強烈な体験談を話しているのに、シャラタンはそれをまるで他人事のように淡々と語っていたからだ。
加えて、隣ではクラリスがあからさまに動揺の色を浮かべている。
「おとう、さま?」
「君は聡い子だから、薄々気づいていただろう?」
「確信は、ありませんでした。わたくしは、顔もわからない母の叱責ばかり頭に響いていたもので」
クラリスは驚愕のあまり、自身の胸にそっと手を当てた。
今、規則正しく鼓動を打っているこの心臓は、自分を拒絶し続けた母のもの。そして自分は、その母の命に生かされているのだと知る。
だが、恐怖や罪悪感は湧かなかった。ただ「母という恐怖の対象がすでに消え去り、自分には父だけが残っている」という歪んだ事実だけが、彼女の心を妙に落ち着かせた。
クラリスの雰囲気が柔らかくなったことを察したアレンだったが、彼女から視線を外しシャラタンを静かに見据えた。
「……あなたの悲劇はよくわかりました。ですが、だからといって罪のない人々を犠牲にして良い理由にはなりません」
「あなたならそう言うと思っていましたよ。ですが、安心してください。あの魔法陣に吸収された人々は、新しい世界で生まれ変わることができる。魔力持ちとして、そして善い人として」
「なぜそう言い切れる?」
「もちろん魔法陣に細工をしているからですよ」
ぬかりはないと言いたげに薄く笑い、手を掲げ一つの淡い光を魔法陣から取り出した。
その光は風前の灯のように薄い光だった。
その淡く、今にも消えそうな光を目にした瞬間、アレンの背筋に氷のような不快感が走った。本能が、それが『知っている誰か』の成れの果てだと警鐘を鳴らしていた。
シャラタンはその光をアレンに見えるように前へと突き出し、目を細めた。
「きっとネネさんもあなたに期待している。そんな彼女の期待を、あなたは裏切るのですか?」
「……は? ネネさん?」
最後に会ったのはいつだったか。アレンは記憶を辿り、食事に誘ったシーンを思い出す。
あの時の彼女に異変はない。ただアイテムをシャラタンから受け取り魔力補助の恩恵を受けていただけだ。
「あの補助アイテムが原因か……?」
「いいえ。あのアイテムを持ってしても、彼女はこの魔法陣には耐えられなかった。ただそれだけのこと」
シャラタンはネネが魔法陣展開の際に苦しんでいた姿を見ていた。彼はただその姿を見て手を取っていた。顔色一つ変えず。
「ですが、うわ言のように『次生まれ変わるなら、魔力を多く持ちたい』とおっしゃっていました。それはまるで私の世界を望んでいるように」
「ふざけるなっ! あなたが……あなたがこんな魔力量で命を選別するような魔法陣を作ったからだろ!?」
今もなお倒れて消えていく人々がいる。ただそれをなす術なく眺めている人々がいる。
アレンは、何もできない自分に歯痒さを感じながらシャラタンを睨んだ。
「魔法陣を止めろ。これ以上、人々の命を弄ぶな」
「無理ですよ。止めたければ私を殺しなさい。私の魔力であれは動いています」
シャラタンは、淡い光をまた魔法陣へと還した。
アレンはその淡い光を目で追った。本当にネネなのかはわからない。
だが、さきほどの不快感がネネだと訴えているような気がしてならなかった。
クラリスはアレンの視線を確認した後、首を傾げた。
「アレン様は、他人になぜそこまで優しくできるのですか? 憎い相手にさえあなたは手を差し伸べますね」
「俺はただ、皆と仲良くできればいいと楽観的に考えていただけ」
「なるほど、利己主義ということですね。やっぱり、アレン様はお父……シャラタン様と似ているのかもしれません」
クラリスがシャラタンを見ると、彼は少しだけ口角をあげクラリスに頷いた。
「そうですね。似た者同士なのかもしれない」
「あなたと一緒にするな。俺は自分の理想世界を作るために誰かを犠牲になんかしない」
アレンは、怒鳴りこそしなかったが、苛立った声色でそう返した。
拳を握るアレンを見て、シャラタンは眉を下げた。
「あなたの『正しさ』が愚か者を追い詰め、破滅へと導いた。あなたの『優しさ』を信じた者たちが、私の理想を阻むために命を散らした。……それとも、自分の手さえ汚れなければ、他人の死など数に入れないのですか?」
犠牲にした心当たりのないアレンは、その誰かを探した。気づかないうちに自分は過ちを犯したのかと鼓動が早まっていく。
「それは——」
炸裂した火魔法が、アレンの言葉を遮った。
「これだけ人殺しといて、アレンと一緒とか言えるの? さすがにツラの皮が厚すぎでしょ」
火魔法を放ったのは、ミリアだった。泣き腫らした目でシャラタンを睨んでいる。
その震える左手には、カイルが死の間際まで身につけていた、彼女とお揃いのブレスレットが握りしめられていた。泣き腫らした瞳には、悲しみを焼き尽くすほどの烈火が宿っていた。




