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味方のために薬を飲みすぎた俺、太る  作者: 勿夏七


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44/46

44悪役の過去②

 あれから月日は経ち、幼かった娘も成長し、顔立ちも幾分大人びた。

 そして、自分の立場がわかるようになり、自身の母親が自分のせいで肩身の狭い生活を送っていることを理解し始めた。


 母を避け、父であるシャラタンの研究所へ入り浸るようになった娘。

 彼女は父の作業を少し離れた場所から眺めながら、質問をした。


「お父様、わたくしはどうして魔法が使えないのでしょうか」


 シャラタンは手を止めることなく、返答する。

 

「それについては、ずっと昔から調べているんだが……残念ながら解明できていなくてね。せっかくだ、私と同じように研究してみないかい?」

「……わたくしは、少し怖いです。魔法が使えない理由が、わたくしの存在自体を否定されているように思えて」


 落ち着かない様子で長い紺色の髪をいじり、視線を泳がせた。

 そんな娘を見て、シャラタンは優しい笑みを浮かべる。

 

「重く捉えなくていい。魔法がなくとも、生活はできる。別に知能が衰えているわけでもない。ただ、普通の少女として生を受けた。ただ、それだけのことだよ」

「ですが、お母様はわたくしのことをよく思っていないように感じます。わたくしと二人きりの時は、怒っているか、泣いているかのどちらかです」


 娘の言葉に、妻の表情を思い浮かべた。だが、そのような表情を見た記憶はない。

 いつも笑みを浮かべており、弱みを見せることがない。そんな強い女性だという印象のみがシャラタンの記憶に残っていた。

 

「……そうか。なぜそこまで感情的になっているのか、私から聞いてみよう」


 シャラタンのその言葉に、何か言いた気な表情を浮かべた娘だったが、迷った後小さく頷いた。

 

 その迷いにも気付かぬまま、シャラタンは妻の部屋を訪れた——。



「突然どうされたのですか? 私の部屋に来るなど、珍しいですね」


 妻は穏やかな笑みを浮かべ、先程まで確認していた台帳を閉じた。


(いつもと同じ、穏やかな妻だ)


 娘の言葉を疑ってしまいそうなほど、シャラタンの目には妻が正常に見えた。

 部屋も荒れておらず、いつも通り綺麗に整頓されている。

 本棚には、娘のためと敷き詰められた本の数々。どれも使い込んでおり、くたびれている。だが、丁寧に扱われているのが見て取れる。


 娘は一体、妻からどのような仕打ちを受けているのか、外側だけでは読み取ることは不可能だった。


「君はあの子に熱心に魔法の使い方を学ばせているね。だが、どうやらあの子は、君のことを怖がっているようだ。成長しているとはいえ、まだ成人にも満たない少女だ。お手柔らかに頼みたい」


 その言葉に、妻は目を見開き一瞬だけ笑みが消えた。だがすぐに取り繕い、シャラタンを見て頷いた。

 

「……なるほど。あの子にそう言えと言われたのですね」

「いいや、違う。あの子の話を聞いて、私が自身の判断で言っている」

「そうですか。ですが、旦那様にご報告以上のものはございません」

「……魔法はできない。だが、賢く知識欲はある、と」

「はい、その通りです。アイテムの作成もあの子ならきっとすぐに習得できますよ」


 妻はいつもより低い声で、だが笑顔を崩すことなく言った。


 ◇


「きゃああああ!」


 平穏な日々は、妻の悲鳴で終わりを告げた。


 悲鳴の方向へ駆けたシャラタンは、娘の部屋の中を見つめ、口元を抑えその場に座り込んでいた。

 シャラタンは娘の部屋へと足を踏み入れた。ベッドの上で血まみれの娘の姿があった。

 

「これは一体どういうことだ? 侵入者? いや、そんな形跡はない。……君は何か知っているか?」

「……私は、今日も魔法の使い方を教えようと部屋を訪れただけです。私が来た時にはもう、このような姿に」


 青ざめた姿は、どうにも妻のせいとは思えない。では誰か?

 シャラタンは娘の部屋を見回した。そこで机に文字の書かれている紙が視界に入った。

 

 その紙には、これまで母親にどのように虐げられたかが記載されていた。

 些細なものから口に出すことを躊躇うようなことまで書いてある。

 涙と思われる染みがいくつも紙に染み付いており、何度も書き直しぐしゃぐしゃになっている。

 読まなくとも、何度も悩んで書いた手紙に、シャラタンはどうしようもない怒りが込み上げてきた。

 

「私は、娘から目を背けていたのか」


 シャラタンはそうポツリと呟き、震える手で紙を握りしめた。

 背後でなおも「悲劇の母」を演じようと狼狽える妻へと向き直る。その瞳からは一切の感情が消え失せた。

 

「君は治療が得意だと聞いている。君なら、娘の傷を治療してあげられるだろう?」

「な、何を……! すでに息絶えた人間を治す術など、この世にはありません!」

「なぜすぐに治療に入らない? ほら、まだ間に合うかもしれない」


 シャラタンは逃げようとする妻の肩を掴み、無理やり娘の遺体の前へと引きずり出した。

 恐怖に顔を歪ませる妻の胸元で、あのペンダントが激しく揺れる。シャラタンはその細工をじっと見つめ、静かに、だが逃げ場のない声で告げた。


「君はいつも、そのペンダントを握ってから魔法を使う。まるで、そこから魔力を借り受けているかのように」


 妻の呼吸が止まり、次第に顔を歪めせた。

 完璧だったはずの仮面が、音を立てて崩れ落ちていく。


「な、何を言って——」

「隠さなくていい。元々私は魔力の有無は気にしていなかった。……だが、魔力なしの君が、なぜ子に厳しくする必要があった? 自ら命を絶つ道しか残されないほどに追い詰めた自覚はないのか?」


 すべて見透かされていたことを知り、妻は過呼吸のようにただただ荒い息を吐いた。

 応えない妻に、シャラタンは冷ややかな視線を向けたまま、彼女がいつも首から下げているペンダントに手を伸ばした。

 抵抗する暇も与えずそれを引き千切り、妻を娘の亡骸の隣へと押し倒す。


「私は専門外だが……君のその道具の仕組みなら、長年の研究ですべて理解している。他者の魔力を強制的に変換・増幅させるアイテムだ」

「何を、何をするつもりですか……!?」


 恐怖で顔を青ざめさせる妻を無視し、シャラタンは無表情のまま、しかし底知れぬ怒りを宿した瞳で彼女を見下ろした。

 

「君が魔力なしの劣等感を隠すためにこのアイテムに依存し、あの子に過度な重圧をかけた。……すべて、理解したよ」


 シャラタンは、かつて研究で培った外科的知識と魔力制御の技術を思い出す。

 救えぬ命などない。——目の前にある材料さえ揃っていれば。


「ああっ……!?」


 悲鳴をあげる暇すら与えず、シャラタンは容赦なく妻の胸へと手を突き立てた。


 指先に魔力を込め、胸を抉り心臓を握る。

 その心臓を躊躇いもなく、娘の胸へと押し当てた。

 爆発的な光が部屋を埋め尽くし、やがて静寂が訪れる。


 光が収まった頃、ベッドの上で娘がゆっくりと瞼を開いた。

 その瞳に宿る魔力は、以前とは比べ物にならないほど強大で、そして――空虚だった。


「……あなたは、だれ?」


 娘は妻の命と魔力アイテムによって蘇ったものの、その代償としてすべての記憶を失っていたのだった。

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