42影と光
リズたちの前に現れ、火玉を軽々と真っ二つに切り裂いたのは、ライルだった。
リズは安堵のため息を吐いた後、ライルの背中を見つめた。
「師匠っ! ご無事で何よりです。ところで、アレンさんは?」
彼女の声を聞き、頷いたライル。
だが、視線は攻撃を仕掛けてきた少年たちから目を離さなかった。
「アレンは、シャラタンと一緒だ」
「もしかして、あの男と二人きりってことですか……?」
「あいつなら大丈夫だ。あいつはシャラタンの言葉に惑わされるほど弱くはないさ」
話している最中でもお構いなしに火玉を投げ続ける少年たち。だが、ライルはそれをすべて軽々と切り伏せ無効化していく。
少年たちは忌々しげにライルを睨んだが、自身の無力さに拳を握りしめた。
「こんなタイミングで言うのもなんだが……ミリア」
「……何よ」
「あの山の麓で、カイルが殺された。もう息はないが、あんたには言っておこうと思ってな」
「カイルが……?」
ミリアは目を大きく見開き、声を震わせた。だが、どこかでそんな結末がカイルを待っている気がしていた。だからこそ、涙を堪えられた。
「……いつかこうなると思ってた。最近はずっと危険な橋を渡っていたし。……本当、救いようのない馬鹿なんだから」
カイルとの不器用な日々を思い返したのか、ミリアは泣き笑いのような、歪な表情を浮かべた。
そんな彼女の姿を見て、ライルは苦く笑う。
「カイルの元へ行っていいぞ。ここは俺が守るから」
「言われなくても、勝手にあんたらを見捨てて行くわよ!」
一筋の涙を溢した後、ミリアは走り出す。
少年たちは「誰一人、ここから逃すか」とばかりに、その背中へ向けて火玉を放つ。だが、それを許すライルではない。一瞬で軌道に入り込み、剣の腹で火玉を叩き落とした。
「お前らの相手は俺たちだ。少しは空気読んでくれよ」
「うるさい! さっきから僕らを無視しやがって!」
「ちゃんと相手してやってるだ、ろっ!」
ライルは飛来した火玉を切り伏せるのではなく、そのまま力任せに打ち返した。想定外の反撃に、少年たちは慌てて悲鳴を上げる。
全身が火に覆われた少年たちを尻目に、ライルは複雑な表情を浮かべた。
「カイル、あんな性格だったのに……愛されてんなぁ」
走り去るミリアの背中を見送りながら、ライルはどこか遠くを見るような目で呟いた。
そんな彼の横顔を、リズは少しだけ悪戯っぽく見上げる。
「……師匠は、お金と地位目当ての女性にしか群がられませんからね。羨ましいんですか?」
「おいおい、そんな虚しいこと言うなよ。お前は俺をそんな目では見てないだろ?」
「ま、師匠は師匠ですからね。でも、私に愛を求めるのはやめてくださいよ」
「そーですか」
ライルは肩をすくめて乾いた笑みを漏らしたが、すぐにその表情から余裕が消え、鋭い剣士の顔へと戻った。
「ヴァレリア、あんたは苦しんでいる人たちを魔法陣の外に連れて行ってくれないか?」
「お? いいぞ。荷車で一気に運んでやる。どうせ今のあたしじゃ足手まといだからなぁ。あんたら二人に任せるよ」
ヴァレリアは二つ返事で頷くと、近くに落ちていた荷車を拾い上げ、苦しむ人々を次々と積み込み始めた。
「助かります、ヴァレリアさん!」
「おう! 次会った時は、死ぬほど酒を奢ってもらうからな!」
ヴァレリアの豪快な背中を見送り、ライルとリズは再び、憎悪に燃える少年たちへと向き直った。
「さて……行くぞ、リズ!」
「はい、師匠!」
憎悪に満ちた少年たちは、またもや力を溜め、二人へと殺意を向けていた。
◇
「アレン様、あなたは仲間の元へ行かなくてよろしいのですか?」
「……ライルは俺より強い。だから、大丈夫です。それより俺は、シャラタン……あなたの話を聞きたい」
アレンはシャラタンを静かに見据えた。
シャラタンはこれまで、数えきれないほどの人々を救ってきた。アレンがランクを落とされ、どん底にいた間も、彼は安価で、かつ短期間で習得できる治療術を広めていた。
そのおかげで職を得て、自らの力で生計を立てられるようになった者は大勢いる。
非公式ヒーラーの存在は、既存のヒーラーの負担を減らし、治療を諦めていた貧しき人々を救う、確かな『善』であったはずなのだ。
だからこそ、アレンには理解できなかった。
救済の象徴であったはずの男が、なぜ今、こうして罪なき人々を苦しめ、死に至らしめているのか。
「対話、ですか。あなたは本当に、慈愛に満ちた方だ」
シャラタンは滑稽だと言わんばかりに小さく鼻で笑い、顎に手を添えた。
アレンを見つめるその瞳は、深淵のように冷たく、その奥に潜む狂気は底知れない。
「どのような話をお望みですか? 私が不浄な者たちを間引く理由? それとも、私が人々を救い続ける真の目的?」
綺麗に磨かれた革靴を鳴らし、シャラタンは息絶えた人々の側へと歩み寄る。一人一人を、標本でも数えるかのように指差した。
それに従うように、クラリスが杖の先で亡骸の頭を軽く小突いていく。
小突かれた瞬間、肉体は形を失い、淡い光の球体へと変質した。それは吸い寄せられるように、上空の魔法陣へと消えていく。
「何をしている……! 死者まで冒涜する気か!」
「冒涜とは人聞きが悪い。死体があれでは新世界の門出に水を差してしまいますからね。――これは、彼らが新しい世界の礎となるための名誉ある昇華ですよ」
アレンの動揺をよそに、シャラタンは至極当然のことのように言ってのけた。
隣に控えるクラリスは、先ほどの激しい憎悪を嘘のように消し去り、人形のような無機質な表情で佇んでいる。
「さて……せっかくですから、私がこの道を歩み始めた理由をお話ししましょう。……同情は不要です。私は、あなたからの共感と助力が欲しい」
上空の魔法陣は、刻一刻とその文字を刻み、禍々しく巨大化していく。人々の命を喰らい、肥大化するその姿は、神聖な魔法というよりは、巨大な魔物の捕食行動そのものだった。
「私が本物の名を捨て、『シャラタン』を名乗るよりもずっと昔の話をしましょうか」
シャラタンは魔法陣を一瞥し、懐かしい思い出を慈しむような、あまりにも穏やかな声で語り始めた。




