40裁き
アレンとライルが街にたどり着くと、目に飛び込んできたのは異様な光景だった。
「く、苦しい! 誰か、助けて……っ」
「何がどうなってんだ!? こんなにも心地良いのに、なんでお前らはそんなに苦しんでるんだ……?」
街の中は、地獄のような悲鳴を上げてのたうち回る者と、何事もないかのように立ち尽くす者――その二色に塗り分けられていた。
アレンは躊躇うことなく、苦しむ者へと近づき治療を試みる。
だが、治る様子はなく荒い息を繰り返している。
「は、早く治せよ! 魔力持ちのくせに、役立たずが……!」
アレンを睨みつける男は拳を握ったが、その拳で彼を強く殴れるほどの力は残されていなかった。
その様子を見ていたライルは、眉をひそめて呟いた。
「シャラタンの気に入らないやつだけ苦しんでるのか……?」
「素行が悪い人や罪人だって言いたいのかよ」
「それしか考えられないだろ」
アレンは苦しんでいる人々に目を向ける。そこで、いつもボランティア活動を率先してやる老人を見つけた。
他にも、黒い噂を聞かない真っ当な人たちも苦しんでいる様子が見てとれた。
シャラタンが排除したい側には到底思えない。アレンは首を横に振った。
「ライルの推測は間違っていると思う。だってあんな優しい人たちが、悪いことをしているなんて思えない」
ライルはアレンの視線を辿り、険しい表情を見せる。
「じゃあ、何の差だ……?」
二人は顔を見合わせたが、見当もつかず険しい表情を見せた。
「早くっ、私に治療してっ……!」
アレンがずっと治療をしていた男を押し除けて、女はアレンに縋るように言った。
「……お前、よくもまあアレンに頼れたもんだな。あれだけアレンを悪者扱いしておいてさ」
ライルが冷ややかに鼻で笑う。その女はかつてカイルに唆され、アレンの家に毒草を仕込んで警察に通報した、あの騒動の主犯だった。
刑期を終えて出てきたばかりのようだが、その顔は苦痛に歪み、脂汗を流している。
「あ、あれはっ! 私が愚かだったわ……。お願い、回復薬のおかげでかなり強力な治療ができるって聞いたの。ゲホッ……お、おねがい」
涙ながらに懇願女に、アレンは複雑な表情を浮かべながらも、迷わず手を翳した。過去がどうあれ、目の前の命を見捨てることは彼にはできなかった。
しかし――その瞬間、空の魔法陣が鋭く光を放った。
「あ……」
女は短い悲鳴を残し、そのまま崩れ落ちた。アレンがすぐさま脈を確認したが、すでに心臓は止まっている。救おうとした手が届く前に、また命が刈り取られた。
「おやおや、意外と早いお帰りでしたね」
静寂を破るように、穏やかな声が響いた。
シャラタンがクラリスを伴い、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その顔は、今までにないほどの微笑みだった。
しかし、その微笑みに、嘲りや見下すような色は微塵もなかった。ただ純粋に、自分の成し遂げた仕事を誇るような――あまりにも無垢で晴れやかな笑みが、アレンの逆なでし、激しい怒りを呼び起こした。
「シャラタン! この人たちに何をした!?」
上空に浮かび上がる魔法陣は少しずつ範囲を広げ、細かい文字が描かれていく。
それが広がるほど悲鳴が激しくなっている。また、先ほどまで平然としていた者も一部苦しみ始めた。
「何を、とは。私はただ魔法陣を展開しただけにすぎません」
悲鳴が聞こえているはずが、シャラタンは顔色ひとつ変えない。
「魔力持ちの方には恩恵となります。ただ……魔力が極端に少ない方や魔力なしの方には、少々負荷が大きいのかもしれませんね」
息を引き取ってしまった人々に目を向け、口元に手を添えた。
それはまるで楽しんでいるようにも見えた。
「魔力……?」
一角に過ぎないが、魔力がなくなったと騒動になっていた。その大半が罪人。
そこでアレンは、シャラタンが罪人に言ったという言葉を思い出す。
『神に見捨てられたのでしょう』
「もしかして、魔力持ちの罪人の魔力が消失しているのは、このため?」
「さすがアレン様。はい。私の理想世界には、相応しくありませんから」
「……あの子たちの親も、その理由で魔力を奪ったのか?」
アレンは、親の勝手で魔力を失った子供たちを思い浮かべた。
「ちゃんとあの子たちに許可は得ていますよ」
シャラタンの目は「良いことをしました」と言っているようだった。
ライルは剣を抜き、シャラタンを睨む。
「許可があれば殺してもいいって言うのかよ!」
「なぜ罪人を殺してはいけないのですか? なぜこの世界は罪人に優しいのでしょうか? それはまるで、今後罪を犯すかもしれない自分のためのように見える」
「何を訳のわからないことを!」
今にもシャラタンに斬りかかりそうなライル。だが、それに反応するように、クラリスがシャラタンの前で構えた。
「ライル様。あなたはアレン様やリズ様が殺されても、法が裁くのを待つだけなのですか?」
クラリスが、無機質な瞳でライルを射抜く。
「殺したいほど憎いだろう。……だが、その罪を裁くのは、俺じゃない」
ライルは剣を握る手に力を込め、静かに、だが断固として言い放った。その覚悟を嘲笑うように、クラリスは小さく首を傾げる。
「それを是とするのですか? では、誰かがあなたの大切な人を殺しても——手を出さないでくださいね」
「……は? 一体何をするつもりだ」
「リズ様は今、子供たちの相手をしています。あの『優しい』お姉さんに、自分を殺そうとする子供を斬り伏せる覚悟があるのでしょうか?」




