39善の行く先
「さすがにあれは止めないと、被害が広がるだけだ!」
ライルは即座に判断を下し、魔物化した兄の元へと地を蹴り、飛び出した。
迷いなく首筋を切り伏せようと剣を振りかざしたが、その刃はアレンの魔法の盾によって阻まれる。
「待てよライル! 実の兄なんだぞ、本当に殺す気か!?」
「……それしか方法がないだろ。それともお前の力で、この『バケモノ』を元に戻せるとでも言うのかよ!」
ライルは、膨大なエネルギーの塊を作り上げていくカイルを指差した。
「それは、これから考え――」
「そんな時間ないだろ! お前の優しさは長所だ。だが、Aランクになるってことは、非情になる必要だってあるんだよ!」
「でも……!」
アレンが言葉を続けようとした瞬間、カイルの咆哮が響く。視線は二人にではなく、アレンたちが住んでいる街の方向だった。
「テメェ! 街の人たちは関係ないだろ!? 狙うなら俺たちだけにしろ!」
「安心しろ。街を消し飛ばした後にお前らもあの世に送ってやるッ!」
ライルの言葉に、カイルは嘲笑した。
シャラタンの言いなりになりたくない気持ちが湧いて出ていた。加えて、アレンとライルの表情を歪ませるにはうってつけだと判断したのだ。
思惑通り、アレンもライルも表情を強張らせた。
「最初からこうすればよかった」
どす黒く濁ったエネルギーの塊を頭上に掲げ、カイルは狂ったように笑う。
「街の奴らなんて知らない奴ばかり。クソの役にも立たない無能も大勢いる。それなのに、お前らはそいつらのために必死に戦い傷を負う。俺には一生わからない……いや、わかりたくもねぇなぁ!!」
カイルがその破滅の塊を放とうとした瞬間――一筋の鋭い光が、彼の胸を正確に貫いた。
「なっ!? なん、で……」
カイルは言葉を失い、そのまま地面に激突した。溢れ出していた魔力が霧散し、肥大化した肉体が急速に人型へと萎んでいく。だが、魔物化の代償は残酷だった。骨は砕け、一部の肉は腐り落ち、人とも獣ともつかない無惨な姿でカイルは喘いでいた。
「グ、あ……痛ぇ。こんな……こんな惨めに、俺は……」
「カイル!」
アレンは迷わず駆け寄り、必死に治療を施す。だが、カイルの肉体は治療を受け付けることすら拒むように、崩壊を止めてくれない。
ライルはそんな兄に背を向け、上空を鋭く睨みつけた。
そこには、一人の少年を抱えたニルスの姿があった。
ニルスが呆れた表情を浮かべ、カイルを見下していた。
「やれやれ、シャラタン様の言い付けも守れないのですか」
少年の指先には、今しがたカイルを射抜いた光の残滓が漂っている。
「アレンさん。そんな男のために、魔力なんて使わないで」
少年は、かつてアレンがシャラタンの隠れ家で魔力補助アイテムを贈ったあの子だった。少年は無垢な笑顔で、残酷な言葉を続ける。
「シャラタンおじさんと一緒に、新しい世界に行こう? アレンさんの魔力のおかげで、僕はこんなに強くなれたんだ」
「……君は……」
アレンの指先が震える。自分が救った命が、自分が与えた力が、目の前の男を殺した。その事実に、胃の底が冷たくなるのを感じた。
「アレン様……どうかこの子や他の者のためにも、シャラタン様に力を貸してください」
講座で肩を並べていた頃とは違うニルスの姿に、アレンは目を丸くした。
最近は噂話を聞かず、ギルドでも目にしなかった。そんな彼とこんな形で再会するとは、思ってもいなかったのだ。
動揺して言葉が出ないアレンの代わりに、ライルは尋ねた。
「どうしてそこまで、あの男に肩入れする?」
「良い世界を作ってくださるからです。まあ、魔力なしに虐げられたこともない強者にはわからないことでしょうが」
ニルスは吐き捨てるように、テレポートでその場から姿を消した。
ライルは視線を落とし、虫の息である兄を見つめた。
「強者にはわからない、か」
「……ライルは最初から強かったからな」
アレンは治療の手を止めることなく、苦くライルに笑いかけた。
「強さは罪か……? 俺はただ、持てる力で目の前の人間を守ろうとしてきただけだ。それが、持たざる者には暴力に見えるってのかよ」
腹立たしかった兄の笑みを思い浮かべながら、ライルは言う。
「俺は悪いことなんて一つもしていない。だが、兄以外からも不快な視線を浴びたことだってある。ただ俺は、家族や友人を守れたら良かっただけなんだ」
ライルはただ身近な人が守れたらよかった。だが、がむしゃらに頑張った結果、かなり高いところまで登り詰めていただけだったのだ。
「ライル……」
「まあ、こいつは俺の中では家族には含まれてないんだがな」
ライルは何か言いたげなカイルを見つめ、呆れた表情を浮かべた。
「アレン、もうやめろ。こいつはもう救えない。お前の治療が、逆に死ねない苦しみを与えてるだけだ」
「…………本当に、いいのかよ」
「いいんだ。……兄貴として、最後くらい静かに逝かせてやれ」
「わかった。もう治療はしない。カイル、救えなくてごめん」
アレンがゆっくりと手を離すと、カイルの呼吸は次第に浅くなっていく。
二人の眼差しを浴びながら、カイルは最期まで歪んだ笑みを消さなかった。
「ふん……無能、が。せいぜに救えなかった命で苦しめ……」
それが、カイルの最期の言葉だった——。
アレンは静かにカイルの目を閉じさせると、重い足取りで立ち上がった。
「嫌いな相手でも、いざ目の前で死なれると堪えるな」
「さすが聖人様だな。俺は正直、肩の荷が下りてスッキリしたくらいだ」
「……その割には、目が少し赤いぞ」
「ほっとけ。……ん? リズから着信?」
ライルが応答すると、リズの切迫した声が耳に刺さった。
『師匠! どこにいるんですか!? 早くアレンさんと一緒に来てください!』
「おい、落ち着け。何があったんだ?」
『シャラタンが――街の中央に巨大な魔法陣を展開したんです!』
そこで通信は途絶え、二人は顔を合わせる。
「俺たちを街から引き剥がすための、カイルはただの陽動だったのか」
「クソッ! さっさと戻るぞ、アレン!」




