38魔物化
カイルの快進撃が注目を浴びていた数週間後、彼はアレンとライルを人里離れた場所へと呼び出した。
「……やっとこの時が来た! お前らを地獄に落とす時がなぁ!」
不敵な笑みを浮かべるカイルに、アレンは眉をひそめた。
「ずっと思ってたんだが、なんでそんなに俺を嫌ってるんだ? パーティー加入前からだったじゃないか」
アレンを半ば強引にパーティーに入れたかと思えば、当たりは強く嫌悪感丸出し。最初は、なんでも言うことを聞く奴隷が欲しかったのかもしれないとアレンは考えもした。
だが、どうもそれだけとは思えなかった。
何か別の目的があって自分を入れたように感じていた。
最終的には、わからないまま追放されてしまったのだが……。
「アレンはライルのせいで、俺に目をつけられてたんだ」
カイルは、ライルを憎々しげに睨んだ。ライルもまた、兄を睨み返すように目つきを鋭くする。
しかし、表情とは裏腹に、落ち着いた声色でカイルに問いかけた。
「……やっぱりあんた、兄の"カイル"なのか?」
「多少は勘が働くんだな。そうだ。双子の兄のカイルだ」
「整形していても、なんとなく面影があるもんだな」
嫌悪を露わにする弟のライルを見て、カイルは口元を歪ませた。
「……ライル、お前のせいでアレンは被害者になった。アレンを太らせたのも、ランクダウンも俺が仕掛けた。アレンが不幸になったのはお前のせいだ!」
ライルを指差し、カイルはあたらかに笑った。
自分のせいでアレンが悲惨な目に遭ったのだと突きつければ、弟は必ず絶望し、後悔に打ちひしがれるはずだ。そう信じて疑わなかったからだ。
だが、アレンもライルも顔色を変えない。
カイルが訝しげに眉根を寄せると、ライルが静かに口を開いた。
「言っちゃ悪いが、アレンに当たり散らしていたのはお前の勝手な行動だ。それに、アレンがお前のパーティーから逃げ出さなかったのはアレン自身の意思だ。そこに俺が責任を感じる道理なんて、どこにもないだろ」
「……は?」
困惑するカイルに、アレンは少し申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「そうだ。俺は俺の意思でお前のパーティーにいた。もちろんギルドのルールもあったけど……その気になれば、脱退する方法なんていくらでもあったんだ」
ギルドに違約金を払っての脱退、あるいは他パーティーからの引き抜き。最悪、一年活動を休止すれば強制脱退も可能だった。
しかし、誰からも見向きもされなかった自分を、最初に必要としてくれたのがカイルだった。
だからこそアレンは、その恩義に報いたいという一心だけで、理不尽な扱いに耐え、その場に留まり続けていたのだ。
ただひたすらに弟への憎悪をアレンにぶつけていたカイルにとって、それは想像もつかない真実だった。
今もなお、二人の心の内を知らないまま、自分だけが空回り。二人が余裕を崩さないどころか、自分を憐れむような視線を向けてくることが、何よりも耐え難い屈辱だった。
「何が"自分の意思"だ! 強がってんじゃねぇよ!」
激昂とともに放たれた火玉を、二人は避けることすらしない。まっすぐに見据えてくる視線に、カイルは苛立たしげに舌打ちをした。
「……お前は俺に虐げられていたおかげで、それだけ成長できたんだろ? なら感謝して、俺のために死んでくれりゃいいんだよ!」
複数の属性魔法が一斉に放たれるが、アレンの展開した魔法の盾に阻まれ、霧散する。
傷一つ負わない二人に、カイルの額に青筋が浮かぶ。
アレンは盾を消すと、どこか悲しげな、哀れみすら含んだ表情をカイルに向けた。
「……死ぬことはできない。けど、お前の成長の手伝いならいくらでもしてやるよ。正直、お前の交渉術や計算の速さは羨ましいよ。その強みを伸ばして、真っ当に生きる気はないか?」
その言葉は、カイルにとって救いではなく、決定的な侮辱だった。
「うるさいうるさいうるさい!! いい子ぶりやがって! 今すぐ黙らせてやるっ!」
カイルは震える手で首の結晶を掴み取ると、呪詛を吐き捨てながらそれを握りつぶした。
その瞬間、カイルの全身から禍々しい闇のオーラが噴き出した。彼の体がみるみるうちに肥大化し、服が裂ける。皮膚は黒ずみ、瞳は血走った赤色に変わっていく。指先からは鋭い爪が伸び、口元は裂け、牙が剥き出しになった。
「ぐ、がああぁああぁああ!」
人間とは思えない咆哮が響き渡り、地面が微かに揺れる。周囲の草木は、カイルから放たれる闇のオーラに触れるや否や、みるみるうちに枯れ果てていった。
(シャラタンの仕業か……! あの結晶は、カイルの憎悪を糧に、強制的に魔物化させる触媒だったのか!?)
変わり果てた兄の姿に、ライルは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに剣を握り直した。
そこにいるのは、もはやかつての兄ではない。
カイルは肥大化した魔力に陶酔し、狂ったように笑いながら火魔法を練り上げる。
その威力は人間の域を遥かに超え、周囲は一瞬にして焦熱の地獄へと変貌した。
「最高だ……。俺は、ついに最強になったんだ……ッ!」
喉元から溢れ出す魔力の濁流。
カイルは歓喜に身を震わせながら、アレンたちを消し飛ばすべく、限界を超えた一撃を放とうとしていた。




