36憎悪
カイルは、ギルドでミリアが残しておいてくれた報酬金を手に、俯いていた。
パーティーの解体はされておらず、今もミリアと同じのパーティーで仕事をしている。
パーティーの解体には相応の理由や全員の同意が必要だ。カイルがそれを許すはずもなく、ギスギスした状態のままだが、パーティーは継続している。
しかし、ミリアは仕事が終わればさっさと帰り、カイルの報酬金だけを残して姿を消す。
以前の甘いひと時は、カイルにはもう残されていない。
声をかけようにも「あのヒーラー様といれば?」と言い捨てられてしまい、取りつく島もない。
「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」
これからシャラタンの元で、こき使われに行かなければならない。
だが、カイルはミリアに振られたショックで、最近は仕事の時間ギリギリまでギルドの休憩スペースのソファから動けずにいた。
アレンの顔が脳裏に浮かび、カイルはさらに顔を歪めた。あの飄々とした顔を見るたびに、胸の奥底から湧き上がる不快感。
それは、アレン自身に向けられたものだけではなかった。
「あいつが何もかも俺の上を行くから気に食わない」
カイルの頭に、もう一人の男の顔が過る。
血の繋がった、しかし憎悪の対象でしかない存在。
「いつか絶対、弟よりもいい人生を歩むんだ」
そう誓ったのは、いつの頃だったか。
似た顔立ちでありながら、常に自分より評価され、期待される弟。
そんな弟が、初めて挫折したポーラーの学校。親に困った表情を浮かべられていた弟を見て、カイルは心底喜んだ。「ざまあみろ」と。
ようやく自分の人生が満たされたような気がした、あの瞬間。
だが、その満たされた感情は、そう長くは続かなかった。
弟はすぐに立ち直り、新しい道へと歩み出してしまった。
功績を挙げて、ポーラーの道を諦めたことは、なかったことのように、弟の称賛の日々へと戻ってしまった。
カイルにスポットライトが当たることはなく、いくら努力しても弟を越えられなかった。
その弟と決別したくて、カイルは金を貯めて整形までした。危険な橋を渡ってまで手に入れた、弟とは違った美形。
カイルは、その造り上げられた美形で女を引っ掛け、偽装してギルドへと加入した。
そして、そこでまだぽっちゃり程度だったアレンと出会った。
アレンと出会った時、カイルは直感した。
「そういえばこの男、あいつがよく話してたやつだ」と。
弟が親友のように語っていたアレン。
その顔を見るたびに、弟の飄々とした顔が歪む姿が見たくて仕方がなかった。
「仲間に引き入れて、こいつをいじめよう。断れないタイプみたいだし、全部任せてひどくしてやろう」
そう企んだ。アレンはカイルの思惑通り、文句一つ言わずに仕事をこなし、パーティーの雑用を一手に引き受けた。
カイルはアレンに仕事を押し付け、ミリアをパーティーに入れてわざといちゃついた。アレンが嫉妬に狂う姿を期待して。
しかし、アレンは負けず、常に冷静だった。その態度が、カイルのイライラを募らせるばかりだった。
そして、折れないアレンが嫌になり、最終的にパーティーから追放した。
――ピピピピピッ!
チョーカー型の発信機が無機質なアラートを鳴らす。
カイルはハッとし重い腰を上げ、慌てて指示された仕事場へと向かった。
仕事を終え、やはりアレンと弟への苛立ちが収まらない。
カイルは延々と呪詛のように悪態をついていると、背後から穏やかな声が聞こえた。
「そんなに嫌な相手なら、一度ぶつかってみては?」
振り返ると、そこにシャラタンが立っていた。カイルは衝動的に叫んだ。
「あいつらを殺せるような強い力をよこせよ! あんたなら用意できるだろ!?」
シャラタンは、カイルの激情を静かに受け止めていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「殺してしまうのは、あまりに惜しい」
「それは、あんたの都合だろ!?」
カイルは反論するが、シャラタンは動じることなく言葉を続ける。
「殺しは一瞬の快楽に過ぎません。あなたは、もっと深く、もっと長く、彼が苦しむ姿を見たいのではないですか? 一瞬で終わらせてしまっては、きっと後で物足りなさを感じるでしょう」
カイルは、シャラタンの言葉にハッと息を呑んだ。
心の奥底に燻っていた、自分でも認めたくなかった醜い感情を、正確に言い当てられたような気がしたのだ。
確かに、アレンや弟が死んでしまえば、それで終わりだ。もっと、もっと、あの憎たらしい顔が歪むのを見たい。
シャラタンは、そんなカイルの内心を見透かすように、不気味な笑みを浮かべた。そして、懐から取り出した一つのアイテムを、カイルへと差し出す。
「これは、あなたの秘めたる力を最大限に引き出すものです。しかし、その力は強大ゆえに、扱いを誤ればあなた自身をも飲み込むでしょう。まるで、魔物のようにね」
手のひらに乗せられたアイテムは、鈍い光を放っていた。
カイルは、その危険な輝きに魅入られるように手を伸ばす。
アレンを叩きのめし、弟への劣等感を晴らす。その目的のためならば、どんな危険も厭わない。
彼は、その力を手に入れることで、全てを解決できると信じて疑わなかった。




