29奴隷と信仰者
「くそっ! なんで俺がこんな目に……!」
カイルはシャラタンの『駒』として、連日のように非公式ヒーラーの勧誘と、中身すら知らされない重量級の段ボール箱の配達に明け暮れていた。
公園の原っぱに倒れ込み、ゼェハァと荒い呼吸を吐き出す。
「ああ〜、久々にミリアとデートしてぇな」
ギルドの仕事も続けてはいるが、シャラタンの使い走りで慢性的な睡眠不足。おまけに連日の重労働で全身は筋肉痛だ。そんなコンディションでまともに動けるはずもなく、仕事の主導権は今やクラリスとミリアに移っている。当然、ミリアの対応は「嫌々ながら付き合ってやっている」というオーラが全開だった。
「お? 昼間からサボりか?」
不意に落ちてきた影。カイルが目を見開いて上体を起こすと、そこには見慣れた、しかし以前よりずっと逞しくなった女の姿があった。
「ヴァレリア……!? お前、その顔……やっと帰ってきたのか」
遠征に出る前よりも引き締まった体。陽に焼けた褐色肌。
カイルが裏工作に身を削っている間、彼女がどれほど研鑽を積んできたかが、その佇まいから嫌というほど伝わってくる。
「ああ、やっとな。ミリアから時々手紙をもらってたんだが……カイル、ミリアをあんまり困らせてやるなよ」
「はあ? なんで俺だけ悪者扱いされなきゃならねぇんだよ」
「クラリスに浮気してるんだろ?」
「っし、してねぇよ! むしろ利用されてるだけだぜ……」
カイルはクラリスから受けた屈辱を思い出し、大きなため息をついた。
しばらくすると、首から「ピピピ……!」と電子音が響き、カイルは顔を歪ませて段ボールを持った。
「ちっ、滞在時間オーバーかよ……!」
一定時間移動がないと鳴り響くサボり防止の警告音。これを聞きつけると、次は容赦ない電流が走ることをカイルは身をもって知っている。
「その段ボールといい、首輪? といい、なんだよそれ」
「聞くな。知らないし言えない。じゃあな」
そう早口でカイルは呟き、ヴァレリアを置いて逃げるように走り去った。
◇
「ふぃ〜、終わった」
カイルは段ボールを無事届け終わり、売地が目立つ住宅街へ向かった。
時間内に戻らないと、首に巻き付いている電子機器がまた甲高い悲鳴をあげることになる。
カイルはチョーカー型の発信機を忌々しげに触りながら、クラリスが使っている部屋へと足を運んだ。
荷物を配り終えたことをクラリスに伝えると、彼女は貼り付けたような笑みで「お疲れ様でした」と一言だけ労いの言葉を投げた。
パーティーに誘った時の純粋そうな微笑みは、幻だったのではないかと思うほどの塩対応。カイルは、部屋を出て、またため息をついた。
明日のスケジュール確認のために、次は待合室へと足を運ぶ。
隣の部屋から力強い演説が聞こえ、カイルは無意識に顔を引き攣らせた。
「ニルス、まさかあんな適当な褒め言葉であそこまで信仰できるなんてなぁ」
カイルは人をそそのかすのが得意だ。だからこそ、これまで悪い噂が立っていても仕事が取れ、やってこれた。人をパーティーメンバーとして雇い入れる時も、その真価は発揮されていた。
アレンもカイルの言葉さえなければ、彼のパーティーメンバーとして長い間働くこともなかっただろう。
なお、ニルスは元々シャラタンを尊敬しており、思想も似ていた。だからこそあっさりとカイルの言葉を信じ、今もなお信仰者を増やすべく、カイルの想像以上に働いてくれている。
カイルにとっては、非公式ヒーラーを無理に連れてくる必要も減ってありがたいことなのだが……心酔具合にどうしても馴染めないでいた。
「我々はシャラタン様に選ばれた、尊い存在なのだ」
自信たっぷりにそう語るニルスの声が、カイルのいる部屋にも響き渡る。
(ニルス、お前は尊い存在なんかじゃない。どちらかと言えば、魔力の少ない落ちこぼれ枠だ。……ま、口が裂けてもそんなこと言わないけどな)
ニルスはヒーラーを目指していた。しかし、魔力量が足りず非公式ヒーラーとなった男なのだ。
「シャラタン様は魔力のない人間を排除し、魔力のある我々だけの世界を作ろうとしている」
「おおー!」と一部の狂信者たちの歓声が上がる。
その中でも、まだ勧誘されたばかりの非公式ヒーラーが、恐る恐る手を挙げ、ニルスに質問をした。
「あの、なぜ魔力のある者だけの世界を作ろうとしているのでしょうか? 以前、痛みを取り除くとの話を聞きましたが、あまりピンときていなくて……」
「ん? お前は新人だな? ……そうだな、最近は話していなかったからな。知らない者も多いだろう」
説明してやろうと意気揚々とニルスは語り始める。
「我々に痛みを与えるのは誰だ? そう、魔力のない人間だ。それはなぜか? あいつらは自分ができないからと、魔力持ちをこき使うからだ」
自問自答をしながら軽快に話し続けるニルス。その姿は、まるで達観した演説者のようだった。
強者(魔力のある者)は弱者(魔力のない者)に優しくなければならない。
魔力のない国のトップが決めたことだった。
最初こそ、優越感に浸っていた強者は、積極的に力を貸し感謝されていた。
しかし――
「守ってもらえて、やってもらえて当たり前。友達価格で安くして? ……今の弱者どもは、自分たちが受けている救済を当然の権利だと勘違いして、我々を舐め腐っている!」
怒りを露わにするニルス。それに納得の頷きを見せる質問をした新入り。
カイルはその姿に、滑稽な気分になった。
(自分で安っぽい非公式ヒーラーになったくせに、俺たちは安く買われ、安く仕事をしている〜なんて馬鹿みたいなことを言っているな)
もっともなことをカイルは言っているが、誰もが選択できる環境ではない。
だが、他人に興味のない彼には知る由もない。
「正直なところ、俺も魔力はそんなにないが……直々にスカウトされたし、大丈夫だろ」
楽観的なカイルだったが、魔力が少なく素行も悪いため、シャラタンとしては利用するだけ利用して抹消予定だ。
だが、そんなことをカイルが聞かされているわけがなかった。




