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番外編・魔王の生贄はニンゲンの冒険者と友人になりたい9

最終話です。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

  

 冒険者リアによる三か月スパルタ浄化講座を終えた私は、結婚式の準備をしつつ、あることを画策していた。

 エルフの国エレンディア、そのカランシアの街に、魔国とつながる転移ゲートの設置をすること。

 転移ゲートというのは、魔国での主要な街に置かれ、行き先は固定ではあるけれど、魔導具に比べて酔いも少なく、使用者の魔力を消費するものの、比較的簡単に転移できるのだとか。

 リアから聞いたところによると、エルフの国カランシアの街では、様々な種族が集まっているらしい。

 そして、魔国の特産品はドワーフの国や妖精国、一部はニンゲンの国にも流通しているけれど、エルフの国にはまだとのこと。

 そこで、エルフの国にある危険度の高い瘴気スポットに浄化が必要になったとき、私を指名してもらってもかまわない、という条件と交換に転移ゲートを設置させてもらえないかと思っている。


「そしてエルフの国、そして様々な種族が集まるカランシアの街で、魔国の特産品を販売できたらと思いましたの。拙い案であることは承知ですわ。

 ですが、いかがかしら?」

 そう呼び出した宰相に説明すれば、

「問題ございません。」

 ええ、本当にいいの?こんなに、あっさり叶って良いの?


 宰相が頭を下げる。

「ただ、生贄様のご提案はいくつか検討の必要な事柄がございます。

 実現までにしばらくお時間をいただきたく。」

「ええ、もちろんです。まずは検討していただけると嬉しいわ。」

 なぜなら私の真の狙いは、転移ゲートの設置によって、リアが月一で魔国に来られるようにすること。そして浄化の補講をしてもらい、さらにティータイムができる時間を確保することなのだから!


 私はうきうきとした足取りでベルン様の私室に向かう。

 先ほどの提案はすでにベルン様にお話ししていることだから、宰相に検討をお願いしたと、そう報告して。

 などと考えていたら、はらはらと花びらが降ってきた。ベルン様の魔力が見せる錯覚が。まだ、ベルン様の部屋には着いてないのだけど。あと数歩あるのだけど。

 花びらのなかを歩いて、ドアの前に立てば、侍女がそれを開ける。

 ……驚いた。ベルン様が目の前に立っていた。そしてあっという間に、ぎゅっとその魔力に取り巻かれてしまった。


「メリッサ、会いたくて待っていた。」

 ……午前中のティータイムも一緒に過ごしたけれど。もちろん、私もベルン様の姿を見るだけで、ドキドキして嬉しくなるけれど。

 いやいや、何か新たな要件があるのかもしれない。

 そしていつものようにソファーに並んで座り、魔国のココアは美味しいとか、今日は晴れて遠くの山まで見えるとか、そんな話をする。

 しばらくたわいもない会話をしたあと、ベルン様がわざわざ私のほうに体を向けこう言った。


「やはり察するのには限界がある。メリッサ、聞きたいことがあるのだ。

 魔国に住んでいるニンゲンに会いたいか?」

「まあ、魔国に住んでいるニンゲンですか?」

 ちょっと驚いて、そのまま聞き返してしまった。でも、どんな経緯があって魔国に来ることになったのか気になった。私のように生贄としてきたのか、それとも何か技能を請われたのか、それとも?私もベルン様のほうに体を向けて答える。

「話を聞いてみたいですわ。でも。」

と私は考える、ニンゲンだけと会っていたら、どこからか苦情が来るかもしれない。それなら、

「魔国に住んでいる他種族に、話を聞いてみたいですわ。

 魔国の良いところとか、あるいは不便なところとかも。そうすれば、イメージアップにつながるのではないでしょうか?」


 花びらがシャワーのように降り注ぐ。そのなか、次にベルン様はこう言った。

「では、ニンゲンの国に行きたくはないか?」

「まあ、ニンゲンの国ですか?」

 ちょっと驚いて、そのまま聞き返してしまった。でも、帝国で王都しか知らない私は好奇心を抑えられなかった。

「ぜひ、お願いしたいですわ。帝国周辺のニンゲンの国に、ベルン様と一週間くらい視察で。」

 その答えに、ベルン様が少し驚いたようだった。ということは。

「やはり、一週間も魔国を空けるのは難しかったでしょうか?私は一日でも、ベルン様と共に行けたらと思ったのですが。」

「いや、そうではない。」

 ベルン様が眉を寄せる。

 はらはらと降っていた花びらが、ぼとぼとになった。花びらは降ってくるのに、ぼとぼとと落ちていく。

 

 ベルン様がさらに問いかける。

「メリッサ、帝国に帰りたくなったりは、していないか?」

 ……なるほど、ベルン様はこれを気にされていたの。

「時々、ニンゲンの友人に会いたいですわ。時々、ニンゲンの国にも行きたいですわ。

 でも、私が帰る場所はここです。ベルン様のいらっしゃる魔国です。」


 光の粒と花びらがシャワーのように降りそそぐ。

 けれどそれが、だんだんと、ぼとぼとになった。

 ……ベルン様は心の中でいったいどんな葛藤をされているのかしら。


 ベルン様が眉を寄せたまま問う。

「メリッサ、俺に何か不満があるのではないか?」

「なぜ、私が不満だと、そう思われたのでしょうか?」

 花びらのかたまりがぼとっ、ぼとっと落ちてゆく。

  ……どうしよう、ベルン様がこんなに葛藤をされているなんて。

「ええと、ですが、不満はないのですが。」

「メリッサ、話してはくれないか。あの二人をじっと見ていただろう?

 初めはニンゲンが恋しいのかと思っていた、それでリアとその伴侶を見ているのかと。

 そうならば、時々ニンゲンの国に連れて行ってやりたいと思ったのだ。年に数回、長くて二週間程度の滞在になるが。

 少々遠回しではあるが、質問をしてみて確かめようと思った。だが、そうではないとわかった。

 だから直接聞いてみたほうが良いと思ったのだが。メリッサは教えてくれぬ。

 ならば、あの二人に聞いてみたこれではどうか。」

 

 そしてベルン様は掌に乗せたものを私に差し出した。

 精緻な装飾がほどこされた、同じデザイン、けれどサイズの違う指輪がふたつ。


 嬉しさのあまり、私の魔力がぽんと飛び出してベルン様に抱き着いてしまった。何やってるの、私の魔力!?でも、抑えきれずに私自身もきゅっと抱き着いてしまった。

「ありがとうございます。魔国には、結婚指輪の慣習はないと聞いておりました。それに、指輪というのは結局のところ形式に過ぎません。

 でも、少しうらやましかったのです。」

 仲の良い二人がはめている結婚の証、そんなふうに私たちも指輪を付けられるならと。ベルン様に結婚指輪をお願いしようか迷ったほどには、うらやましかった。


 光の粒と花びらがあふれるほどに降りそそぐ。

 そのなかベルン様は、私の指に指輪を通してしまった。そして自分の指輪を自分ではめてしまった。

 あ……。結婚指輪は結婚後にはめるものだけど、細かいことはまあいいか。だって、すごく嬉しいのだから。


 けれど、ベルン様はさらに私に問いかけた。

「少しうらやましかったのはわかった。だが、ほかにはないか?」

「はい、もうありませんが。」

「メリッサ、話してはくれないか。もっとうらやましいことがあったのではないか?

 だから、二人を見ていたのではないか?」

 ……そういえば、思い当たることは一つあった。

「たいしたことではないのです。」

 と言ってみたものの、ベルン様は納得していないようだった。

 再び花びらが、いや、もはや泥団子がぼとっ、ぼとっと落ちてゆく。


 慌てて私は口を開く。

「本当に、たいしたことではないのですが。

 ただ結婚しても、あの二人のように仲睦まじく過ごせたら良いと、思っただけなのです。」

 

 なぜか、ベルン様が目を見開いたまま固まっていた。

 その魔力が次々と音をたてて床に落ちてゆき、やがて、静寂だけが残った。

 ……ど、どうしよう。もしかして、私はそんなに酷いことを言ってしまったの?


「あの、ベルン様?」

「メリッサ、俺との結婚後は仲睦まじく過ごせそうにないと、思ったか?」

 ……ど、どうしよう。まさか、そんな意味になるとは思わなかった。

「ベルン様を疑ったわけではないのです。まったく違うのです。ただ、その。

 ニンゲンでは、離婚するとか、離婚しなくても冷えきった夫婦になるということがあるのです。愛し合って結婚しても、心が変わってしまうということも。ですから。」


 珍しくベルン様が私の言葉を遮った。

「俺はメリッサの我儘くらい、小さな願いくらい、叶えられるといった。

 だが姫、それは叶えられぬ。

 姫は魔族ではない。だからそんなことも、あるかもしれぬ。だが。

 姫の心がほかの男に移ったとしても、俺のサクルィーフィスから逃してはやれぬ。」


 どこまでも静かなベルン様の眼差しだった。

 ……ど、どうしよう。心変わりなどしない、そう言ってしまえれば良かった。けれど、そう断言したところで、あまり意味はない気がした。なぜなら私はニンゲンなのだから。


「ベルン様。私はニンゲンです。生涯ただ一人と添い遂げることもありますが、心が移ろうこともある、そんなニンゲンです。

 だから、未来のことはわかりません。魔族ではない私は、心が移ろうこともあるかもしれません。

 ですが、私は願っているのです。

 この命尽きるまで、ベルン様のサクルィーフィスでいられたらと。最期のときまで、ベルン様と共にいられたらと。私はそう、願っています。」


「その願い、俺が叶えよう。」


 そして、ベルン様と私を光が取り巻いた。

 幾重も。

 幾重にも。




 数十年後。

 在位中、ベルンハルド王は穏健で友好的な魔王、その伴侶のニンゲンであるメリッサ妃は魔国のイメージアップに貢献した賢妃とたたえられた。また王子と姫は他種族の国への使者として活躍。

 そして王位を退いた後は、ふたり仲睦まじく暮らしたという。




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